2011年08月17日

34th International Wittgenstein Symposium

8/7 ~ 8/13
34th International Wittgenstein Symposium, Kirchberg am Wechsel, Austria

8/7
明日からの学会を前に中休み。日曜なので、飲食店除いて店が全て休みだった。朝に2時間くらい一人で散歩。ちょうど行くときに、またGoldmanと会ったので、あいさつ。

帰ってきて、友人たちと一緒にランチをつくって食べ、さらに散歩に出発。Kirchebergという名前から分かるように、教会が多い村で、それらを回ったりする。それから皆で、アイスクリーム屋によると、またGoldmanに会った。それから一休みして、また僕のホテルであったレセプションに参加。その途中またGoldmanに遭遇し、「君はなぜか私の行くところにばかりいるなあ」、「これは偶然ですかね、それとも僕があなたのストーカーなのかもしれません」、「しかし、君のストーキングは実に不思議だ。私より先にそこにいるんだから」、「実は予知能力があるんです。今のところ、信頼可能だと言えますかね」、「わはは」、というようなやり取りをした。レセプションは、サマースクールのときと、まったく同じ感じだった。このとき、日本から来たSさんと知り合う。


ウィトゲンシュタイン・シンポジウム 8/8 ~ 8/13

8/8
いよいよ。ウィトゲンシュタイン・シンポジウム。今年のテーマは、認識論で最もホットな、「contextualism/invariantism」、「Value of Knowledge」、「Peer Disagreement」で、著名な認識論者を一杯招待している。まあ、この学会も査読が名目だけで、ないに等しく、なんでも通しているので、かなり論文の質ににばらつきがある。なのでかなり綿密にすでに発行されているProceedingsをチェックして、どの発表に参加するかを決めようと思ったのだが、なぜかProceedingsに載ってない論文がいっぱいある。これはほんとになぜか分からない。

後に、招待講演者の扱いに差があり、一部は飛行機代、宿泊代、一部は宿泊代のみと差別があると聞いた。一部は1時間半の講演で、一部は一般発表と同じ40分の発表だったのも、そのせいかもしれない。英語圏とドイツ圏からの招待講演者を同じ数にしているようだった。

この日は、後で仲良くなるドイツ人院生Kさんの発表を聞いて、質問したりした。

この日のJohn Grecoの講演は、知らない話はあまりなかったが、非常に明快で、とても良かった。講演後に、ひとつ質問しに行ったら、「その通りだ、ちょっと考えてみる」と、とても誠実な人だった。彼が他の発表で質問するのを何回か聞いたが、どれも的確で感心した。一度きちんと話したかったが、学会途中で帰ってしまったようで、実現できず。とても残念。

その後近くのワインセラーの提供で、ワインの試飲会。この学会は、コーヒーや昼食などのサービスが有料だったけど、いろいろイベントがあるので、高い学会費も分からないでもない(飲み物用のクーポンは何枚かもらえるけど、それを超えると有料)。まあ、僕は頼み込んで学生用の格安の学会費しか払ってないので、不満はまるでない。

8/9
朝一のWayne Davisの講演が、極めてクリアーで、分析系のお手本のような発表だった。しかし、次のドイツ人の講演は、まあ最悪だった。なぜか延々と、contextualismとrelativismのまとめをやっていて、40分経過しても、まだ自分の主張とやらに至ってない。このまとめが、かなり内容を詰め込んでテクニカルなところまで踏み込んでいるのだが、僕らこれを専門にしているものにはすでに自明なことだし、非専門家には、テクニカルすぎて分からないだろうというもので、ホント何のためにあれをやっているか疑問だった。しかも、その次に彼女が、自分が発見した文脈主義の問題と主張する問題も、すでに他所で言われているばかりか、解決まで提示されているもので、なんだこりゃという代物だった。彼女が挙げていた文献にも、それを扱っているものがあるので、なんでそれを見逃しているのか、訳がわからない。しかも、その解決の一つは、この講演の司会をやっていたCohenのアイデアか、それに基づくもので、よくこれCohenの前で言うなあ、とはらはらしてしまった。

その解決を指摘しようと思って手をあげたのだが、最初のKornblithがした質問が、まさにその解決そのものだった(彼が知っていたかどうか知らないが、普通に考えつくのもそう難しくないものだ)。その後、マイクが僕のところに来たが、彼が言っちゃいましたと言ったら、Kornblithが笑いかけてくれた。彼の質問に対する回答は、「ある可能性を思い浮かべることが、必然的に文脈を変化させる」という、どの文脈主義者もとってない想定を自明視したもので、まあ当然回答になっていない。

この後、前からメールでコンタクトをとっていた、Jessica Brownが来て、あいさつを交わした。とても気さくで良い人で、学会の間幾度も話すことができた。彼女ほどの人が一般発表で来てるってのが、信じられないな、しかし。

午後はまず、Sven Berneckerの発表に参加。言ってることは正しいけど、あまりにもトリビアルな内容で、あんなことを発表する意味が分からなかった。予想通り、質問では、猛攻撃に合っていた。正しいこと言えばいいってもんじゃなくて、やっぱりどの程度面白いか、意義があるかが重要だ。その次の発表も、あの悪名高いGypsy Lawyerケースを使ったもので、あれだけ批判されたケースを、何の説明もなく、自分の直観に合っているからというだけで使うのは、論点先取でしかない。なぜあのケースが悪名高いのかを説明して、同様に彼のケースも問題だと指摘したら、、KornblithとBrownから、後で褒められた。しかし、発表者と次の日に話したのだが、直観の使用に関する考察が極めて甘く、彼によれば、僕のような立場が、彼に対する論点先取だと言って譲らなかった。何度説明してもわかってもらえなかったので、やや疲れた。

あとIgal Kvartの発表も聞いたが、論文から受ける印象以上に混沌としていて、自分独自の観点からいろいろとアイデアを展開してるのだが、内容の複雑さ、新奇さに加え、英語の滑舌が悪くて、あまり理解できなかった。

この日は、また僕のホテルで、発表者用の会食会というのがあった。でも行ったら、発表しない人もいっぱい来ていて、遠慮した人にアンフェアだなあと思ってしまった。この会食に行く最中に、KornblithとAdam Leiteを間違えて、かなり失礼なことを言ってしまうが、それを機に、Leiteの立場についての質問がいくつかできた。

会食では、Brownとちょっ認識論のと話をして、Kornblithに、「日本であなたの見解はとても人気があります」と言って、いろいろ話をした。彼が自然主義者になった経緯なども聞いて、面白かった。

その後、ホテルで同室のJ君と、昨日発表を聞いたKさんと話す。このKさんが面白くて、僕の言うことにいちいち反論するのだけど、まずそれは違うと言って、それから理由を考えるという感じで、とても負けず嫌いな感じ。自分でも負けたくない、とか途中で言っていた。僕はサマースクールのときから、こういう若い人達に対する教育的配慮が少し生まれてきて、いろいろと彼らが見過ごしていそうな点に言及しては、質問して、その反応を楽しんでいたのだが、このときの反応が一番面白かった。

8/10
最初の講演は、Meredith Williams。『探求』の最初のあたりの詳細な解説で、話はうまかったが、内容的にはさほど新しいものはなかった。次のドイツ人の講演は、学会のテーマと何の関係もない、自己知に関するものだった上に、ある概念を定義して、それが言えれば、一人称特権を特殊な能力やマジックに頼らず説明できるというもので、そりゃ自分で最初の概念定義してるんだから、何でも言えるわ、というもので、まあ最悪の発表だった。あと、質疑応答もひどくて、重要な質問に一つもまともに答えていなかった。

昼からまず、Peter Baumanの発表。すでに出版されて、批判されている論文の短縮版。この論文の内容を覚えていなかったが、話を聞いた瞬間に、一つの前提が、明らかに偽なので、なんじゃこれはと思った。Wayne Davisが一発目にそれを指摘したのだが、その回答が、必要以上に強いテーゼを批判者側に読み込んでいたので、その点を指摘したけど、回答はどう考えても、一階と二階の知識を混同しているとしか思えなかった(この点もすでに、CohenとDavisが指摘していた)。この次のChristoph Jagerというドイツ人の研究者の発表も、聞いた瞬間に一つの前提が明らかに偽としか思えなかったのだが、やはり一発目にJohn Grecoがそれを指摘した。そしたら、他の前提については考えていたけど、この前提だけはだれも疑わないだろうと考えていた、とか言って、かなりぐだぐだになってしまった。この前提は、すべての哲学的文脈が懐疑論的文脈だというもので、当たり前だが文脈主義者は、それを受け入れる必要はない(Lewisはこれに近いことを言ってるけど、彼にしても別にそれを積極的に受け入れる必要はない)、それにDeRoseが、この点についてはすでにいろいろ言っていたはずで、まあなんとも考えなしの論文だった。こんなことなら、同じ時間のMartin Kuschの発表に行けばよかった。

この後の発表が、この学会の優秀論文の2つのうちの1つで、是非聞きたかったのだが、上で書いたように、昨日の発表者の一人と話していたら時間が過ぎてしまった。ものすごく後悔。

その後、Marian Davisの発表。まとまっていて良い発表だったが、内容にあまり共感を覚えず。

次のコマで、Sanford GoldbergとAnnalisa Colivaの発表とかぶっていて、ひどいと思った。Goldbergはとても人の良さそうな人で話も面白くて、発表に行こうと思っていたのだが、Colivaも優れた研究者で、彼女の論文、本を僕は全て読んでいる。彼女とはちょっとだけ話して、あなたの本が『確実性について』の本の中では、ベストだと思う」と伝えておいた。

この次のコマには、Erik J. Olssonの発表があったのだが、ウィトゲンシュタイン型文脈主義の発表があったので、断腸の思いでそちらへ。ところがこれがひどくて、文脈主義を解説して、それには批判があるし、ウィトゲンシュタインの解釈としても合っていないないので、自分は他の解釈をとると言って、それを解説して終わり。その解釈も、極めてオーソドックスなもので、それ言いたいなら、べつに文脈主義ださなくてもいいじゃん、というひどい内容。質問で、「2つ質問がある、まず、あなたの解釈に基づく反懐疑論戦略には問題がある、それがMichael Williamsが、その方向に行かない理由だ」、と言って、その理由を解説した。予想通りこの辺をまともに考えてなくて、すでに彼が言ったことの繰り返しだったので、「あなたはまたそれを言うと思っていた。、そこで、二つめの質問がある」といって、そのポイントがなぜ、懐疑論に対して有効でないのかを述べた。回答がやはり明確でなかったので、さらに言おうと思ったが、時間を取り過ぎているので、「まあここで終わります」と言ったら、後ろからDaniele Moyal-Sharrockが「面白いから、もっとやりなさいよ」と声をかけてくれた。もっともやってもよかったが、自粛。

しかし、この直後、発表者が乗らなければならない列車の時間が迫っていて、タクシーが今到着したという連絡が。ここで司会が、あと一つくらい質問受けてからと言ったのだが、僕とMoyal-Sharrockが列車の方が重要に決まっている、今すぐ行け、と言って、時間を余してお開き。彼女は、この後、自分の観点から僕の質問に答えてくれたけど、やっぱりウイトゲンシュタインの話をすでに受け入れてないと、肯定できないなあというものだった。でも、認識論者として、そこまで極端なことは言いたくないので、まだ彼が正しいか考えています、と言ったら、ニヤリと笑って「まあ頑張ってみなさい」だって。

夜はSさんと、初日に発表したNさんという日本人のみで食事。明日発表だというのに結構遅くまで飲んだので、ホテルに帰ってあわてて、もう一度重要な文献をさっと読み直し、自分のスライドのチェック。


8/11
朝一のドイツ人の講演がまたもや意味不明。前半はSartwellの話のまとめで、後半はそれをもとに、知識概念なしで認識論をやるべきだ、という話。どう考えても、前半と後半がつながっていないし、前半の話にもすでにめちゃくちゃ批判があるのに、あまり触れていないので、かなり不満だった。休憩のときに、Kornblithと話したけど、彼もよくわからんな、という感じだった。その後、Goldmanの講演。社会認識論と民主主義という内容で、言ってることは全て正しいだろうと思ったけど、あまり内容が無いように思えた。

午後は最初の発表をさぼり、もう一回スライドのチェック。2個目の友人の発表にはなんとか間に合った。

その次は、いよいよ僕の発表。自分ではいつも通り、あまり緊張していないと思っていたけど、思った以上に緊張していたらしく、あまり英語がスムーズに出てこなくて、まだまだだなという感じ。Jeniffer Lackeyの見解を批判するというものだったので、当然一つ目の質問は、Lackeyから。これは予想済みの質問だったので、うまく答えられた。次にKornblithが、完全に同意するが、他にもこの直感を説明するやり方があるのでは、といってある例を挙げた。これは、僕を助けるための例なので、ありがとうございますと言ったのだが、後からLackeyから、あのタイプの例に関しては論文中で拒否するための議論をしている、と指摘された。次に、Igal Kvartから、確率論的見地からの質問がきた。彼はやはりかなり独自の見解だったけど、似たようなことは僕も考えていて、今回の発表で時間がなくてスキップしたことだった。ちょうどいいと思って、そこのスライドを見せて、自分の考えを説明。最後に、Brownが時間がないから、簡単にと言って、自分やBaron Reedの反例について、どう思うかと質問。僕も、時間がないから、簡単に答えます、と言って、「僕の直観とあなたの直観が違うと思う」といって、ほんとはもっと言わないといけないけど、時間がないからあとで、と言った。そのReedも手を挙げていたけど、時間がなくて、回らず。彼とLackeyは夫婦で、一家総出で来ていて、かなり忙しそうにしていたので、最後まであまり話す時間が取れず。

この後、Lackeyと話して、「何か自分に質問ある」と言われたのだけど、発表が終わったあとの反動か、なにも思い浮かばず、特にはないです、と言ってします。なので、彼女から、いろいろ僕の論文についての意見を言ってもらって、さらに読むべき文献なども教えてもらう。KornblithとBrownから、それなりに褒めてもらったので、まあ満足できる出来だったと思う。この後Lackeyへの質問を思い出して、もう一度話そうとしたのだが、彼女が忙しすぎて、メールでということになった。

Brownの発表を次に聞いたが、どうも納得できない点が残った。どうも何かを僕が見逃している気がして、次の日にも彼女と話したのだが、ちょっと話が食い違っている感じだった。

この後のBaron Reedの発表が、一部おかしいと思った所があったが、内容の豊富さ、新しさ、アーギュメントの緻密さ、などで、この学会でベストと思えるものだった。ほんとよくあれだけの内容を、あんなに簡潔かつ要領よく、クリアーに話せるものだと感心した。あんな発表したいものだ。

このReedの発表もDaniele Moyal-Sharrockのと同じ時間帯で、なぜ有名人2人を同じ時間に入れるのか不思議だ。僕は彼女の本も読んでいて、是非発表も聞きたかったのだが、専門からするとReedの方に行くしかない。5,6日目はほとんど学生の発表だったのだから、もう少しスケジュールを考えてほしかった。

この後ウィトゲンシュタイン・ツアーに参加。彼が教えたという小学校を見て、ワイン、ビール、食事を振舞ってもらう。この村の村長の挨拶や、ウィトゲンシュタインの小話も聞いた。横に小さな博物館があり、ウィトゲンシュタインが使ったベッドなどが展示してあった。

8/12
オーストリアの朝食は、ハムとチーズとパンで、毎日同じ。かなり飽きていたので、朝飯を買いにスーパーへ行くと、Brownも来ていて、これから帰るという。最後なので、また少し話をして、激励の言葉をもらう。いい人なので、いろいろ褒めてもらって嬉しかった。

朝のStwart Cohenの発表も、クリアでとても良い発表だった。この日は、ドイツ語の発表ばかりで、しかたなくウィトゲンシュタイン関係を聞きに行ったのだが、これもなぜかサマースクールの生徒のものばかりで、かなりクオリティが低かった。あと英語が不安だと前から言っている人が、ハンドアウトもパワポもなして、読み上げで発表しているのを見て、やる気あるのかと思った。やはり、理解してもらう努力は必要だろう。

それなりに良かった発表が一つあったが、その立場の整合性に疑問があったので、質問した。すると後から、Kornblithが自分も同じ疑問を持ったというので、我々と質問がかぶることが多いですね、と笑いあった。

夜のLackeyの講演は、クリアでまとまっていたけど、今までの彼女の理論を踏まえてのものだったので、その辺に知識がない人には、わかりにくい内容だっただろうと思う。

8/13

最終日。学会の最中は、基本的に同じホテルのKさんとS君の朝食を一緒にとっていた。なのでKさんと毎日話していたのだが、彼女の僕への態度が、初日の結構強烈なものから、徐々にリスペクトあるものに変わってきた。これはサマースクールのときにも少し感じたことで、僕はアジア人で、かなり若くみられるのだけど、僕が質問したり、解説したりするのを聞くうちに、それなりの哲学知識を持っているのが分かるので、態度が変わるのだろうと思う。この日のKさんは、自分の発表でのあなたの質問を考えてきたけど、あなたに賛成して立場を変えることにした。やはり、自分の発表した立場は、おかしいと思う、などと言い出した。ちょっと行き過ぎだと思ったが、こういうふうに率直に立場を変えられるというのも、すごいことである。

その後まず、ドイツ人の文脈主義についての発表を聞いたけど、彼が新しい文脈主義と言っているものは、単に昔からある不変主義で、しかもそのどちらが優位かで議論があるのに、彼は、これこれのケースに自分の文脈主義は、通常の文脈主義と違う診断を与えますというだけで、そんなもん、その定義聞いた瞬間分かるわ、というものだった。彼の文脈主義の内実も、いろいろな知識の理論をまとめただけで、整合性にも問題があるしろもので、まあひどかった。この学会を通じて、ドイツ人の認識論の発表、講演に一つも感心しなかった。やはりドイツで分析系の認識論は、まだまだ黎明期で、そこのトップでも、英語圏の上位スクールの博士の生徒にも負けるくらいのレベルだという感想である。

この後、Hintikkaの発表を聞いたが、もごもご話していて、誰も理解できず。ただ、CarnapとHeideggerについての発表で、彼が"I know Carnap. He is a very nice man, very serious, but very pedantic."と言ったらしくて、生ける歴史の証言だと、みんなで受けた。

最後のKornblithの講演は、非常にシンプルなポイントを、いろいろ形を変えて語っていて、一般聴衆向きの発表としては、非常に良く、認識論の専門家以外には、すごく受けが良かった。僕にはやや簡単すぎて、もう少し深く突っ込んで欲しかったけど。

この後、ウィーン行きのバスに乗るために歩いていると、何度も顔を合わせたけど名前を知らない年配の人から声をかけられて、「君の質問をいくつか聞いたが、どの質問も非常に鋭くて、君は優れた知性の持ち主だ」と言われる。ほんとかどうか分からないが、まあ学会を締めくくるにこれ以上の言葉はない。ありがとう!

この学会でもいろいろ質問したし、ほんとうに多くの人と知り合いになり、議論もいっぱいした。本当に充実した学会だった。これだけ僕の興味がある分野のトップの人達が一同に介する機会は、もうないかもしれない。ほんと会場にいても、有名人ばかりで、ほとんど夢の世界だった。

この日は、夜行まで時間をつぶす必要のあるサマースクールからの友人たちと、昼飯をたべで街をぶらぶらした。D君とはここでお別れ、かなり長い間一緒にいたので、なかなか分かれ難かった。その後、夜はSさんと台湾人研究者のCさん夕食を食べ、また散歩。最後はアイスクリームで締め。ウィーンのおかしは、カナダのものほど甘くなく、甘いものがあまり好きではない、僕でも普通に食べられた。

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3rd Ludwig Wittgenstein Summer School

8/3 ~ 8/6
3rd Ludwig Wittgenstein Summer School, Kirchberg am Wechsel, Austria

8/2
サマースクールは8月3日からだが、2日の夜にレセプションがあるということで、夕方にウィーンから移動。最寄り駅まで電車で行き、特別のシャトルバスでそこから会場のKirchbergに移動。7時のシャトルバスには、5人しかいなかったので、バスを待っている間にうちとけて、特にスイスから来た、これから修士に進むというS君、D君と仲良くなった。

会場で登録を済まし、レセプション会場のホテルへ。偶然にも自分の泊まるホテルもそこで、便利だった。ホテルの部屋は二人部屋で、今は僕一人だけど、学会が始まるときにもう一人来るとのこと。僕は学会の規定で、論文投稿時にホテルを申し込んでいたのに、それでも希望通りの一人部屋にならないのかと驚いた。ホテルは、まあちょっと大きな民宿という感じで、立地もよかったが、部屋は一風変わっていた。まず、部屋の隅にシャワーがあるが、敷居がなく、いわゆるバスルームがない。トイレは廊下に共同のものがあるが、手洗いがなく、手を洗うためには一回部屋に戻ってこなければならない。部屋の鍵も一つしかないので、外に出るときに必ず玄関のキーホルダーにかけないと、部屋の掃除ができないので困ると後で言われた。

レセプションは、ホテルのホールが会場だったのだが、なんのアナウンスも、オフィシャルの自己紹介もなく、皆が集まったときにてきとーに食べ始め、飽きた人から帰るという感じで、もう少しなんとかならんのかという感じだった。周りの人と話すと、学部生から、修士、博士と広く集まっていて、ポスドクも僕以外に1人いた。国籍はやはり、ドイツ、オーストリアが多かったが、世界中から集まっていて、インド、中国からの人もいた。サマースクールは今回で3回目だけど、ヨーロッパからの人は、以前も参加したという人も多かった。

そんなに会費も高くなく、3食付きで、宿も会場の小学校の横にあるボーイスカウトハウスなら格安なので、リピーターが多いのも分かる。高原にある、とても綺麗なところで、夏を過ごすには最高の場所だ。

この村は、かなり観光地として有名らしく、もっと僻地を予想していて、食材もいろいろ持ってきたりしていたのだが、レストランやスーパーも充実していて、完璧にリゾート地として整備されていた。物価も安くて、かなり快適だった。今後ウィトゲンシュタイン・サマースクール、シンポジウムに僕が参加するかどうかはテーマ次第だけど、是非とももう一度行きたいくらい。

8/3
一夜明けて、3日の朝からサマースクール開始。教師役は、Peter HackerとJoachim Schulteの二人。開始直後に、Schulteがほとんど準備ができてなくて申し訳ない、といいながら、「確実性について」の執筆背景を説明した。それがほんとにぐだぐだで、かなり拍子抜けした。その後、本格的に講義開始かと思いきや、購読方式で進むということで、数パラグラフを誰かが音読し、それについて生徒が質問かコメントし、教師がリプライするというもので、正直期待はずれだった。僕は最近の『確実性について』ブームはかなりフォローしていて、いろいろ解釈上の争いがあることも知っていたので、サマースクールでは、そういう諸解釈を踏まえて、二人の教師がうまくウィトゲンシュタインの立場を解説するものだと思っていた。それが購読で、ペースもかなり遅く、1コマ1時間半で、1,2ページという進度である。読む箇所も、教師が適当に選んでいて、ここ読む必要あるかというところもあり、正直教師の準備不足が目立った。こういう購読スタイルはヨーロッパでは普通らしいが、北米でやったら、めちゃくちゃ批判されるだろう。

始まってすぐ思ったのだが、まあ生徒が多様なので、質問にも相当質、内容に差がある。僕と学部生以外は皆ウィトゲンシュタインをある程度専門に勉強している院生ばかりなので、皆ウィトゲンシュタインに一家言あるのはわかるが、相当とんでもなのもあり、あれだなあ、という感じだった。あと、こういう自由発言方式だと、どうしても発言が一部の話好きの人に集中してしまう。サマースクールの間に、全く発言しなかった人も多くいて、もう少し進行を考えたほうが良いと思った。あと、教師の司会にもかなり問題があり、ある生徒の発言に何のコメントもないとき、何も言わず次の生徒を指さして、先に進んでしまうことが多々あった。これは生徒がかわいそうだし、発言意欲を削ぐので、絶対にやってはいけないことだろう。まあしかし、Hackerはある程度断定的なことをいうので、まだ理解の助けになるところもあったが、Schulteは全く断言的なところがなく、つねにここはここに書いてある以上のことは分からないだとか、『確実性について』は、不整合な箇所もあり、統一的に読めないから、などと消極的な発言ばかりしていて、全く理解の助けにならないばかりか、やる気あるのかという感じだった。二人共基本的に生徒に話させ、自分たちは黒子のような役割をしたいという感じのスタンスだったが、これだけ背景、知識の違う生徒相手に、それが適切だったとは思えない。

生徒の発言を聞いていて思ったことは、まあ議論のスタイルがまったく分析哲学のクラスと違う。アーギュメントを問題にせず、ウィトゲンシュタインが何を言ったのか、その哲学的意義は何かというあたりが中心トピックだった。皆ウィトゲンシュタインの言葉にすごく感銘を受けていて、それが正しく、かついまだに認識論的に新しく、重要だという考えが、広く共有されていて、僕のようなスタンダードな認識論者からすると、アーギュメントもないのに、なんでそんなにこれが正しいと思えるのだろうか、と異様に感じたほどだった。後にD君がからかい半分で言っていたが、「ウィトゲンシュタインが言ったことが、正しいのは確実だ。残る問題は、彼が何を言ったか、ということだ」、というスタンスの人が多かったと思う。

1日目の午後に、僕がここのウィトゲンシュタインのアーギュメントは、少なくとも彼の狙いが"I know"というフレーズを含む文の分析にあるとしたら、あまりにも一般的すぎて成功していない、という質問をしたのだが、教師二人共まるで理解してくれないのでがっかりした。長いことやりとりして、ある程度は僕のポイントをわかってもらえたと思うが、結局Hackerがなんの根拠もなく僕に対する論点先取の主張を繰り返すばかりで、ほんと実りのない議論だった。

そんな感じで、1日目からかなりヤル気が下がったのだが、授業終わったあとS君が興奮した顔で僕のところに来て、「あなたの質問はエクセレントだった。自分にはあなたが完全に正しく、あそこのウィトゲンシュタインのアーギュメントで、"I know"は何の役割も果たしていないようにしか思えない」、と言ってきた。おー、教師さえも理解してくれなかったのに、理解してくれる人がいたよ、と嬉しくなった。この質問は、後に2人ほどからも、非常に良かったと褒められた。

その後飲み会。いろんな人と話して、全然話が通じかったり、感情的になる人もいて嫌な思いもしたが、D君、S君は、ある程度分析系の背景があり、かなり手が会い、話していて楽しかった。なお、この日からウィトゲンシュタイン・シンポジウムが終わるまで、毎日飲み会に行った。やはりビールがおいしい上に、安いので、飲まない訳にはいかない。


8/4
2日目。基本的に昨日と同じだが、1コマ潰して、Hackerの発表と、質疑応答があった。この論文は、かなり微妙で、まずこのサマースクールを通じて、あんなにサールのウィトゲンシュタイン批判はおかしいと言っていたのに、自分の論文ではサールと同じことを言っていて、なんだそりゃという感じ。それから、Williamsonのknowledgeはmental stateであるという主張を取り上げ、それを否定するというのが、一つのポイントなのだが、Williamsonの論点に関する反論はまるでなく、何のためにWilliamsonを出しているのか理解できなかった。


8/5
3日目。基本的に同じ。Hackerが、世界像命題は経験命題で、文法命題と類似しているが、文法命題そのものではない、というので、その場合の「経験的」の意味は認識論的にしか介せないと思うが、どういう意味だと聞いたが、アプリオリでないというだけで、それ以上全然説明してくれないので、かなり不満だった。経験による正当化を認めないウィトゲンシュタインなので、通常の意味ではないはずで、もっと特定しないと話にならない。

夜の飲み会で、ウィトゲンシュタインが仮定していると思われる、"for all e and p, e is evidence for p only if e is more certain than p"という原理を巡り、S君、D君と議論。Hackerの論文には、これに対する反例を提示する箇所があるのだが、その例が反例になってない、と皆で合意し、僕がpを論理的に弱くすれば反例なんかいくらでもつくれるよ、とこの原理の問題を説明した。このときに改めて思ったが、この二人はかなり頭がよく、僕の話にすぐついてこれるし、そこから自分の意見を展開することもできる。特にS君は、その能力がかなり高く、舌を巻いた。

8/6

4日目。半日授業で、サマースクール終わり。修了証明書と、各大学で使える単位を数コマもらう。3日半やって、結局10ページくらいしか読んでないだろう。正直学んだことはあまりなかったが、全く背景の違う人達といろいろ話すことによって、分析哲学というのは、ほんとに英米圏の一部の現象だったんだなあ、と思い知った。僕にとって他の参加者との話をするのは、かなり異文化コミュニケーションで、いろんな意味で楽しかった。この日S君が、スイスに帰るというので、写真をとったりして、またいろいろ話したのだが、なんと彼はSt Andrewsに1学期留学したことがあり、この9月からOxfordで修士をやるのだという。そりゃできるはずだ。

この日いつものレストランで昼食を食べて、出ようとすると、見覚えのある顔の人が一人で座っている。学会のパンフを持っていたので、「学会の参加者ですか」と聞いて、もう少し丁寧な言い方をすればよかったのだが(後で謝った)、「名前は何です」と不躾に聞いてしまう。答えは「Alvin Goldman」で、そりゃ見覚えあるはずだよ!彼とは昔、うちの大学の院生学会に来てもらって、一緒にハイキングにいったこともあるので、「覚えてますか」と聞くと、やはり覚えていなかった。しかし、ちょうどいい機会なので、彼の最近の直観についての考え、(同僚でもある)Stichと実験哲学についての考えなどを聞く。

夜はみんなでバーベキュー。炭火焼みたいな感じで焼いていて、途中あまりにも勢いが弱いので、D君が巻を足したら火がボーとなって、一部黒焦げになってしまった。そこで彼が僕の名前を呼びながら、"What I did is a terrible mistake!"とか言っていて、かなり笑えた。
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14th Congress of Logic, Methodology and Philosophy of Science

7/19から8/15日まで、ヨーロッパで2つの学会と、1つのサマースクールに参加してきました。多少記憶の薄れているところもありますが、自分の記録のために、簡単な日記を思い出して記してみました。

7/20 ~ 7/26
CLMPS (14th Congress OF Logic, Methodology and Philosophy of Science), Nancy, France

7/20
前日にカナダを発ち、朝のうちにド・ゴール空港に到着。まずRERでパリ北駅に移動。三年前にも来たのである程度分かるわいと思ったら、ここから東駅に行くのに迷う。すぐ近くのはずなのに、地下鉄の駅と間違えたりしつつ、40分くらいうろうろして、ようやく到着。次の列車まで一時間もあり、しばしのんびり。

会場について、いろいろな学会グッズをもらう。この学会は会費が高いのだが、昼飯、飲み放題のコーヒー、ジュース、おやつのパンなどが無料で、さらにおみやげや、リュックサックまでくれた。僕は学会からの援助で、学会費、宿代が免除なので、とても得した気分。宿も、ホステルみたいなところかと思っていたら、個室で、シャワーまでついている。ネットも遅いけどワイアレスでつなげて、まるで不満の余地がなかった。

学会に参加し始めてすぐに、多くの発表がキャンセルになっているのに気付いた。まあ、これだけ大きな学会で、要約の締め切りもかなり早かったので仕方ない。問題だと思ったのは、まず発表と発表の間に休憩がなく、部屋を移動する時間がない。さらに、ある発表がキャンセルになったり、発表者が来なかった場合、司会が次の発表をすぐに始めてしまう。同じ部屋で聞き続ける分にはいいが、他の部屋から移動して、すでに聞きたかった発表が終わっていることが数回あったので、そこの部屋の司会に抗議した。すると、そうするように学会側から通達があったという。めちゃくちゃな話だとおもったので、大会本部に抗議にいこうとすると、他の参加者から1人、俺も協力するぞ、とついてきてくれた。2人で大会本部に抗議すると、すんなり受け入れてくれて、キャンセルがでても、元のスケジュール通りに進行するように全員に通知してくれた。

会場で、カルガリーで同時期に博士課程に入り、今はポーランド、ベルギーでポスドクをしているR君、今は他大に移ったE先生と再会。

この学会は京大の科哲の方々を始め、日本人の参加者が非常に多かった。初日の夜は、僕の日本の母校で非常勤したことのあるH先生や、京大の若手の人たちと会食。フランスは食事が高いと思っていたけど、2品プラスデザートのコースで16ユーロくらいで、それなりにリーズナブルだと思った。しかし、フランス語が読めないので、学会中結構同じものばかり食べてしまった。

7/21
雨模様で非常に寒い。カナダよりは暖かいと思っていたが、今年の夏は雨が多いらしく、ヨーロッパ滞在の最後まで悩まされた。ホテルの目の前にパン屋さんがあり、そこでパンを買って朝ご飯。とてもおいしい。

学会は、まずHuw Priceの講演。とても明晰だが、量子力学のテクニカルな話があり、完全には理解できず。質疑応答での、すごく丁寧な受け答えに感銘を受ける。この学会では非常に多くの発表を聞いたけど、専門外なのと、すでに少し時間が経過してしまったので、あまり覚えていない。この日は、古代懐疑論のものが、「古代の懐疑論者は信念を持たない」というテーゼをどう理解できるかという問題を扱っていて、なぜこんなことが問題になるのか分からなかったので質問したのだが、どうも古代懐疑論解釈では有名な問題らしい。しかし、どう考えても、なぜ問題になるのか分からなかった。

昼からクーンのシンポジウムに参加したが、最初の二つの発表が、クーンが参加した学会で他にこういう発表があったとか、非常に細かい細かい歴史の話が続いて、結構退屈だった。聴衆の中に、クーンの本を書いた人(名前を失念してしまった)がいて、いろいろ鋭い質問をするので、質疑応答は盛り上がった。

この日は会場で、イランから来たM君、イタリアから来た心理学者のS君と仲良くなり、学会中はこの2人とよく話した。夜はS君と2人で、パブで少し飲み、レストランに移動して食事。コースの前菜を卵のやつにしたら、ゆで卵を4つに切って、マヨネーズかけただけのものがきて、びっくりした。あれで他と同じ値段とは、詐欺でないだろうか。

7/22
著名な心の哲学者が、認識論についての発表をしていたのだけど、認識論に対する背景的知識がないので、かなりひどいものだった。質疑応答でいろいろ聞いたけど、結構ぞんざいな対応されて、少し腹が立った。その後、カルガリーのR先生の主催する、カルナップのシンポジウムに。さほど新しい話がなく、ちょっと準備不足の人が多かったように思う。

夜はS君とまた飲みに行こうとしたら、スタニスラス広場の中にあるパブでイタリア人参加者の集団と遭遇したので、そこでまず軽く飲み。するとH先生を見かけたので、2人で食事に行くことに。食事後、広場に戻りイリュミネーションを見る。すごく豪華で、かなり楽しめた。これは一見の価値ありです。

次の日聞くと、イタリア人たちは、ディスコで夜3時くらいまで飲んだり、踊ったりしていたらしい。これがお国柄というやつだろうか。

7/23
朝一の講演が、技術者がプラズマ発生炉の構造とセキュリティシステムを延々と解説するというもので、かなり退屈だった。その後、Christopher Hitchcockの発表を聞く。これも彼の論文をそれなりに読んでるので、目新しい話はなかったが、発表はとてもうまかったし、質疑応答もユーモアとリスペクトのあるもので、発表のお手本のような感じだった。

台湾の院生らしい人の認識論の発表が、Pritchardの入門的論文のかなり問題がある要約で、あまりのひどさにびっくりする。同じところの人が後日、同じような認識論の要約を発表する予定になっていたので、台湾の認識論事情を聞こうと思って、彼女らを捜したのだが、この日以降見かけず、もう一つの発表にも姿を見せなかった。こういうことしてはいけないよなあ。

この学会はクリプキとかヒンティッカがキャンセルで残念に思っていたが、この日講演予定のMichael Fridmanもキャンセルになった。なので、同じ時間帯のM君の発表へ。

夜は京大の若手のN君、O君とピザを食べた後、学会イベントで、クラシックコンサートへ。なかなか楽しめた。

7/24
日曜なので学会はお休み。その代わり、希望者のみの観光ツアーがあった(有料)。僕はロレイン地方の歴史ツアーというのにした。バスで40分ほどかけて、地方の古城に移動。観光ガイドの英語がいまいちで、あまり身のある話は聞けなかったのが残念。城は入れる場所がかなり限定されていて、これもあれだった。その後、本来城の中庭でとるはずだった昼食を、雨なので近くのレストランでとる。めちゃくちゃ大きいサンドイッチで、全部食べきれなかったので、残りは夕食用に持って帰る。昼食時は、今までもちろん知っていたけど話したことのなかったS谷さんが隣の席で、ちょっとびびる。

昼食後は、まず近くの(今は使われていない)ビール工場を見学。これがすごーくゆっくりしたツアーで、いい加減退屈したころに、ビールの試飲があったので、満足。その後、サンタクロースのモデルとなった聖ニコラスの指が祭られている教会へ。これはかなり趣があって良かった。

京大を退官されたU御大が、教会のツアーの後で"No misbehavior?"と聞いてきたので、"Fortunately no, but this is unusual for me"と返したら、結構受けた。

このツアーで、アメリカのM大学の院生と仲良くなった。ホテルに帰ってぶらぶらしていると、また出会ったので、彼に付き合い、昨日と同じピザ屋へ。就職の難しさなどを嘆き合う。

7/25
ようやく自分の発表の日。僕の一つ前の発表が、DeRoseの文脈主義のこれまた問題のある要約を延々とやっていて、司会が何回言っても止めずに、原稿を読み上げ続けている。結局、時間大幅オーバーで終了。後で聞いたら、物理学の院生で、友人に会うためにフランスに来たくて、旅費の援助を受けるために学会に来るという名目が必要だったので、適当に勉強して発表したらしい。まるで文脈主義に興味もないということで、なんじゃそれは、という感じ。

この学会は、1000語の要約だけの査読で、ほとんどノーチェックだと思うので、発表の質の差がありすぎる。ただ、論理学系はある程度審査が厳しいと聞いたりもした。他分野が緩いのは、ヨーロッパではそういった分野がまだ弱いので、それらの発表を奨励しようという意図があるのでは、と知り合った研究者が推測していた。

自分の発表は、まあうまくいったと思う。認識論者は聴衆にいなかったので、質問も楽なものばかりだった。発表後R君から褒められて、満足。

この日は日本の母校のK先生と再会。イギリスで別の学会を聴きにいった帰りに寄ったとのこと。夜は、母校つながりでH先生、K先生と食事して、またイリュミネーションを見る。

7/26
最終日。結構疲れてきて、あまり発表を聞かず。O君のものと、他の日本の方の発表を聞く。O君は英語がかなりのもので、発表も堂々たるものだった。ただ、日本人はやはり質疑応答になるとリスニングが難しく、皆苦戦していた。

夜はO君、N君とぶらぶらしてから食事に。ここで食べた牛の骨髄入りのオニオンスープがめちゃくちゃおいしかった。

この学会は専門がかぶる人は全然いなかったものの、いろんな人と話したし、質問もそれなりにしたので、まあ満足した。日本の研究者の人も、ほとんど面識のない人ばかりだったので、挨拶ができたのは良かった。
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2011年06月26日

デカルト的懐疑論とその諸前提

某学会誌に投稿するために、久しぶりに日本語で論文を書きました。

デカルト的懐疑論と呼ばれる懐疑論を導く論証はいろいろな種類があり、それらはどのような前提、原理を用いるのかという点が異なります。それらを網羅的に分析し、相違を明らかにすることによって、無用の混乱を避けようという意図で書いた論文ですが、字数制限もあり、やや中途半端な内容になってしまいました。それでも、読みたいという方がいるかもしれないので、ここにアップロードしておきます。下のウィンドウの右上のアイコンをクリックすると大きくなって、読むことができます。

まだ誤字、脱字などのミスがあるかもしれません。質問、コメントなどは随時受け付けます。

なお、この論文の許可無しでの引用は、いまのところ、しないようにお願いします。


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2011年03月26日

ゲティア問題と直観

ゲティア問題と呼ばれる、知識を非循環的な仕方で定義することの難しさは、ゲティアに始まる知識の古典的分析への反例の発見によって知られるようになった。これらの反例には様々なパターンがあるが、反例が存在することから、即古典的分析が誤りだとされたわけではない。何故なら常に、反例を何らかの形で退け、古典的分析を維持するという処置は可能だったからである。

ゲティアの論文は数ページしかないが実に良くできていて、彼がどのように反例を構成したのかを注意深く見れば、古典的分析を否定する際に、特定のケースについての直観は、皆が思うよりも少ない役割しか果たしていないということが分かる。

まずこのブログで何度も書いているように、古典的条件とは、

S knows that p iff

(1) S believes that p,
(2) p is true, and
(3) S is justified in believing that p.

である。ゲティアはこの分析に含まれるiffが、if ではないこと、つまり古典的分析が知識の十分条件になっていないことを示そうとする。

ゲティアは、(3)の正当化条件に関して、2つの想定を置く(実際にはもっと多いが省略する)。1つは証拠主義であり、ここでは以下のように定式化しておこう。

(Evidentialism) S is justified in believing p iff S has adequate evidence for p.


第二に、正当化の可謬主義である。可謬主義と呼ばれる立場は幾つもあるが、ゲティアが念頭におくのは以下のようなものである。

(Fallibilism about Justification) Being justified in believing p doesn't imply p's being true.

この正当化についての可謬主義から、Sが偽である命題を信じるための正当化を持つということが可能であるということが帰結する。したがって、可謬主義が正しいならば、正当化を与える証拠は、それ自体正当化されていなければならないという条件を置いたとしても、その証拠が真であることは必要ではないということが導ける。(最近の認識論では、この伝統的な考えを否定するものも多い)。この想定には適当な名前がないが、False Evidenceと呼ぼう。

(False Evidence) Having adequate evidence q for p doesn't imply q's being true.

このFalse Evidenceと証拠主義から、次のことが導かれる。

(A) It's possible that S is justified in believing p even though S's justifying evidence for p is false.

つまり、古典的分析は、Sがpと信じるための正当化を持つにも関わらず、その正当化が偽である証拠に依っているということを排除しない。そして、(A)が言えるならば、古典的分析から以下のことも導ける。

(B) It's possible that S knows that p even though S's justifying evidence for p is false.

ゲティアが提示した2つのケースは、この実例であるに過ぎない。ゲティアのケースが反例として説得力を持つのは、(B)が非常に強く偽であると思われるからである。

このことは簡単に確かめることができる。(A)を満たすようなケースはいくらでも想定できるので、それらのケースが(B)を満たすかどうかを考えてみれば良いからである。

このようにゲティアの論文を再構成すると、以下のことが言えるように思う。

(1) 古典的分析の否定には、原理的な考察が強く働いている。つまり、古典的分析は(B)を許容するが、(B)は偽である、という考察である。
(2) (B)が偽であることは、多くのケースを検討し、それらがSが知識を持つケースではないという直観的判断が必要である。ゲティアの2つケースとそれに伴う直観が、古典的分析と相容れないという理由のみで、古典的分析が阻却されたというわけではない(それらについて明確な直観を持たない人でも、いくらでも類似のケースを作って確かめることができる)。

面白いのは、最近はPeter Kleinのように(B)を誤りだと考えない人も結構いるということ。ただ彼らにしても、それが端的に誤りだと考えるわけではなく、ある条件が満たされれば、(B)が成立するようなケースもあるとするだけである。
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2011年03月24日

文脈主義とUse-Mention Fallacy

文脈主義に関してよく知らない人がする批判の1つは、「文脈主義は知識をあまりにも容易に獲得できたり、失われたりするものにしてしまう」、というものである。この批判は頻繁に耳にするが、海外の専門誌で取り上げられたことは、僕の知る限りない(曖昧な記憶では、あるとしても1つくらいのはずで、この記事を書くためにネットで探してみたが、見つからなかった)。これは当たり前の話で、この批判は誤解であるか、そうでないにしても極めてミスリーディングだからだ。

まず、文脈主義(Lewis, Cohen, DeRoseらの意味論的文脈主義と呼ばれる立場)とは、知識帰属文といわれる"S knows that p"という形式の文、ないしその否定("S doesn't know that p"という形式の文)が、その文の発話される文脈に応じて、どのような命題を表現するかが変わる、という立場である。したがって、文脈主義とは、何よりもまず、知識帰属文が表す命題が文脈可変的である、という、特定の形式の文に関する意味論的立場であり、それが表す命題が真である条件を定める認識論的立場ではない。

しかし、後者に関して全く語ることなく、知識帰属文がどのように文脈可変的なのかを説明するのは難しい。そこで導入されるのが、warrantだとかepistemic positionという抽象的な概念である。おおざっぱに言うと、これらの概念は、以下の三つの性質によって定義される(標準的に、epistemic positionという概念を使って以下述べる)。

(a) epistemic positionには、強度が存在する。ある命題に関するepistemic positionは人によって強かったり、弱かったりするし、同一の人の異なる命題に関するepistemic positionも強度が異なりうる。
(b) epistemic positionの強度は、epistemic、つまりtruth-relatedなファクターによって決定される。
(c) Sがpを知っているということが成立するための条件から、non-epistemicな条件を差し引いた残余が、S is in a strong enough epistemic position regarding p である。

(b)に関して補足すると、epistemic positionの強度を決定するepistemic factorが何かという問題こそ、認識論あるいは知識論の第一次的な問題である。例えば、証拠主義なら十分な証拠を持っていることとするし、プロセス信頼性主義なら、pという内容の信念を生み出す認知プロセスの一般的に信頼可能性が、そのファクターであるとする(これらのファクターには強度が存在し、自然に(a)を満たせることに注意)。知識の成立に関わる典型的なnon-epistemic factorは、S believes that p と、p is trueである。したがって、(a)、(b)、(c)から、Sがpと知っているための一般的条件は以下のようになる。

S knows that p iff (1) S believes that p,
(2) p is true, and
(3) S is in a strong enough epistemic position regarding p.

文脈主義は、このように知識の条件を抽象的に定義した上、知識帰属文の文脈可変性を以下のように説明する。どの程度のepistemic positionの強度が、(3)の条件を満たすために要請されるかは、文脈によって決定される。そして同時に、この要求される強度に応じて、その文脈において、知識帰属文がどのような命題を表すかも決定される。

例えば、不可謬主義的懐疑論が問題となるような文脈では、(3)の条件を満たすために要求される強度は極端に高くなる(すなわち、極端に高い強度でないと、strong enoughでない、となる)。議論の簡易さのため、この要請される強度をmaximalだとしよう。すると、知識帰属文"S knows p"がその文脈で表す命題は、

(1) & (2) & S is in a maximally strong epistemic position regarding p

となる。あるいは、この命題を知識に関する極端に高い(maximalな)基準が用いられたと解して、以下のように表現することもできる。

S knows by the maximally high epistemic standard that p

この命題を満たすことは、事実上、どのようなSと経験命題pの組にも不可能なので、不可謬主義的懐疑論の文脈では、知識帰属文"S knows p"は、Sとpがどのようなものであれ、偽となる。しかし、たとえSが例化するepistemic factor, Sがpと信じるかどうか、pが真かどうかといった点が懐疑論的文脈と同一であるとしても、通常の文脈では、同一の形式の文が表す命題は、

(1) & (2) & S is in a less-than-maximally strong epistemic position regarding p、か

S knows by the less-than-maximally high epistemic standard that p

であり、多くの人はこれを満たすことができる(正確には、その文脈が要求する強度、pの内容によるが、この点は簡略さのため省略する)。したがって、通常の文脈では、知識帰属文は(多くの場合)真である。

文脈主義者の多くは、文脈が変化する要因として、知識帰属文を発話する人物の心理的要因(pに関するどのような反対の可能性(alternative)が顕著であるか)や、実践的要因(pが真であることにどの程度の実践的重要性があるか)を挙げる(しかし、僕の知る限り、いかなる文脈主義者も、これらの要因が存在するならば、必然的に文脈が変化するとは主張しない。文脈変化のメカニズムは部分的に経験的な問題で、哲学的根拠のみで決定できない)。このことが、最初に述べた「文脈主義は知識をあまりにも容易に獲得できたり、失われたりするものにしてしまう」という批判を誘発する原因だろう。

しかし、今まで述べたことから明らかなように、文脈主義とは知識に関する立場でなく、「知識」あるいは「知っている」という語を含む文が表現する命題に関する立場である。そしてもちろん、compositionalityから、「知っている」という語の意味論的値に関する立場だと言える。ここで外延的に、知識とは「知識」の指示対象、あるいは「知っている」が表す関係だと置いてみよう。別の言い方では、この指示対象ないし、関係が文脈に応じて変化するというのが、文脈主義である。

文脈AとBで、同一の形式の文がAでは真、Bでは偽であるということは、その文が文脈可変的な語を含む限り、起こりうる。例えば、"S is tall"という形式の文は、Sの身長が180センチであった場合、多くの文脈では真であるが、バスケットボールプレイヤーについて話している文脈では偽であるかもしれない。これは後者の文脈で"tall"が表す関係が tall for a basketball playerであり、Sはこの関係を例化しないからである。しかし、これらの文脈間で、Sの身長が変わるわけではない。

知識に関しても同様で、Sの例化するepistemic factorが変化しない限り、(b)により定義上、Sのepistemic positionが変化するということはない。これが意味するのは、「知っている」という語が表現しうる関係(knowing by the maximally strong epistemic standard、knowing by the ordinary standardなど)のうち、どれをSが特定のpに関して満たし、どれを満たさないのかということは、真理とSの信念というnon-epistemic factor、そしてSの例化するepistemic factorに変化がない限り、文脈間で異なることはない、ということである。文脈が影響を与えるのは、あくまで、そのうちどの関係を「知っている」が表現するのかという点に過ぎない。

したがって、「文脈主義は知識をあまりにも容易に獲得できたり、失われたりするものにしてしまう」ということはない。Sがどのような知識を持つかは、Sが「知っている」が表現しうるどの関係を満たすのかということと同義だからである。この批判の誤りは、知識、知っているという実質的な事柄と、「知識」、「知っている」という言語表現に関する言語的(カルナップなら形式的と呼ぶだろう)事柄を混同している点にある。簡単に言えば、これはある種のuse-mention fallacyの一例であり、"tall"の文脈可変性を根拠に、人の高さが容易に変化するものになってしまうと言っているようなものである。

DeRoseの2009年の本には、この批判をいつも聞いてきたと述べた後、ここで述べた路線で反論を述べている箇所があるので、参考にして頂きたい。

【追記】「知っている」とそれが表す関係が、一対多の関係であるということが文脈主義の前提であり、これを否定する立場、すなわち「知っている」は常に同一の関係を表現するという立場は、不変主義(invariantism)と呼ばれる。
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2010年10月05日

書評

またもや、全然更新してませんでした。9月に博士論文の諮問を受け、一部修正後、先週大学に提出しました。これで、博士取得ということになります。そのうち、5年間の博士取得までの道のりをもとめる予定です。

今回の記事は、科学哲学最新号に載った認識論関係の論文の書評、というか批判的コメントです。もとの論文が英語だったので、英語で書きました。

I've read "On Memory Knowledge" by Shin Sakuragi (Kagaku Tetsugaku 43-1, 2010, pp. 61-77). It is rare that a Japanese writes an epistemology paper, and so I will comment on this paper.


1. The author starts the paper by mentioning the problem of forgotten evidence, though, oddly, no reference to Goldman, who first raised this problem.

2. The central concept, memory impression, is not defined well. It is defined to be phenomenal, but it is often treated as having propositional contents.

3. on p. 63, internalism is characterized in terms of accessibility. Then, later, Conee & Feldman are discussed as proponents of internalism. But, of course, they don't commit themselves to access-internalism. For this reason, I don't think the author's interpretation of their view on p. 65 is right. Indeed, the quote there suggests that they advocate a different view - mentalism.

4. on p. 64, the author says "It is well recognized that we cannot base memory knowledge on any inferential process from memory impressions." It's not clear at all what this means, nor is why the author's argument shows this.

His argument is the following:

"to deduce the memory knowledge from my memory impression, I need to appeal to a principle like this: when I feel just like how I am feeling now, I almost always remember, and thereby know, something... But I cannot derive the principle by induction, for, to derive it inductively, I have to appeal to different instances of my past experience (“When I felt such and such at t, I actually remembered. . .”). On the face of it, such an appeal eventually leads me to a vicious regress."

I have no idea why this is relevant. First, there is a level-confusion in Alston's sense. In this paper in general, the author ignores important epistemic distinctions, such as "justification-knowledge," "belief-knowledge," and "propositional-doxastic justification." For example, when he claims "memory impression justifies memory knowledge," it means that memory impression knowledge-level justifies p. Relevant here is the distinction between first-order and second-order justification (or knowledge.) In the context where the quote is located, the issue is whether one can base p, not knowing p, on the memory impression that it seems that p. But then, the issue is changed to the one as to whether one can base knowing p.

Second, even if the issue is second-order justification or knowledge, I don't see why the argument holds. Though I'm not entirely sure, it seems that the author's point is that in order to have knowledge that S knows p on the basis of memory impression, S needs to have ground for the reliability of memory. But, in order to have ground for the reliability of memory, S needs to have ground for remembering p, which requires having ground for the reliability of memory, and so on (I don't know if this is a vicious regress; it is more of a circularity). But grounds for the reliability of memory can be gained from some source independent of memory, say, someone's testimony. Or, his point might be that this inference is bootstrapping. If so, it is a general problem for basic sources, arising for both internalism and externalism.

Third, this argument presupposes that what justifies must be justified all the way down. It is a Pyrrhonian skeptical argument. Even hard-core internalists would deny this presupposition.

5. on p. 69, Huemer's example is mentioned. I doubt if this is a good example for semantic reasons, but let me put this point aside. After all, it is simply a variant of the new evil demon case. Then, the apparent conclusion would be that internalist coherence is sufficient for justification, not that memory impressions justify beliefs, as the author derives it.

6. The example on pp. 70-1 does not show that "my memory impression constitutes a part of the epistemic grounds of my memory knowledge" (p. 71). It is consistent with the example that the defeater undermines the belief that S's memory is reliable, and it is why S is not justified on the basis of memory (not necessarily, memory impression). The concept of defeater has wider usage than Pollock construes it to be. Moreover, the argument here presupposes a foundationalist version of the present ground theory, according to which memory beliefs are ultimately grounded on memory impressions. it's odd that coherentism is not even mentioned, and the present ground theory is always assumed to be foundationalist.

7. I don't buy the counterexample to reliabilism on p. 71. I do not share the author's intuition, and the example doesn't involve any explanation of why his intuition seems right. Moreover, the belief in question (My name is X) is similar to necessary truth. Reliabilism has notorious difficulties with such truth. The problem doesn't seem specific to memory knowledge.

8. Again, I don't buy the example on p, 72-3. Especially, reliablism has an easy way-out of this example: memory in amnesia is a different process than memory in normal condition.

9. Many issued brought up in this paper are simple variants of the issues concerning perceptual knowledge. I wonder if there is any problem specific to memory knowledge other than the problem of forgotten evidence.
posted by hakutaku at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

Relevant Alternatives Theory

博論に忙殺されて、全く更新できませんでした。9月に口頭諮問なので、結構間にあうか心配ですが、とりあえず今日は一段落着いたところなので、久々に更新。

Relevant Alternatives Theoryというのは、頻繁に言及される割に、いまいち誤解が多い立場であるとおもう。まず、この'theory'が言うことは、非常に単純で、以下のようなものである。

Necessarily, if S knows p, then S can exclude every relevant alternative to p

つまり、pを知っているということの必要条件として、Sがpに対する「relevantな選択肢」全てを排除できる、と置く。ここで、選択肢(alternative)と呼ばれるのは、pと論理的に両立不可能な命題のことである。

最大の誤解として、この'theory'は、内在主義や外在主義といった知識、ないし正当化の理論では全くない、ということだ。これらの理論は、知識ないし正当化を、一応非循環的な形で定義することを目的としている。しかし、relevant alternatives theoryは、そもそもそういう目的を持っていない。このことは端的に、'exclude an alternative'ということがどういうことなのかが、まるで定義されてないことに現れている。

単純に考えると、p'という選択肢を排除できる、ということは、「p'が偽だと知っている」ということと同一視できるように思われる。すると、先の条件が言っているのは、

Necessarily, if S knows p, then S knows ~p', where p is logically incompatible with p'

ということになる。これは、実のところ、いわゆる認知的閉包原理(epistemic closure principle)の特殊ケースにすぎない。何故なら、この原理は、

(Closure) Necessarily, if S knows p, and knows that p entails q, then S knows q

というものであり、当たり前だが、pとp'が論理的に両立不可能ということは、pが~p'を含意(entail)する、ということを含意するからである。最初の条件とClosureが異なるのは、'S knows p is logically incompatible with p''が、明示的に書かれていないことで、この点はやややっかいなのだが、ほとんどの論者(特に内在主義者)は、これを付け加える必要があるということを是認するだろう(そして外在主義者は、Closureに現れる'knows that p entails q'を必要としないことが多い)。

relevant alternatives theoryは、結局'know p'や'(can) exclude q'というものを何らかの形で定義しなければ、なにも実質的なことを言っていない。この'theory'から、いきなり興味深い認識論的帰結が出てくるように語る人がいるが、これは誤りであるか、暗黙のうちに、何らかの定義を前提にしているだけである。

典型的には、relevant alternatives theoryは、反懐疑論戦略として持ち出されることが多い。懐疑論的な可能性、例えばBIV仮説、「Sが水槽の中の脳(BIV)である」という選択肢は、普段はrelevantではないが、懐疑論が持ち出されたときにはrelevantになり、それを排除できないが故に、経験的命題pをSが知らないということが導かれる、などと論じられたりする。

このような説明が説明になるのは、何らかの特定の知識の理論(例えば、Nozickのsensitivity theory)を想定したときだけである。例えば、内在主義的な証拠主義に、このような説明は適用できない。

この種の説明は、何故通常はpを知っているのに、懐疑論が提示されるとpを知らないということになるのか、あるいは我々がそう思ってしまうのか、の説明として通常提示される。しかし、そうならば、通常pを知っているのだから、closureから、通常「SはBIV仮説が偽だと知っている」ということが導かれなければおかしい。そしてこれが言えれば、「SはBIV仮説を排除できる」と言えるはずである('exclude p''が'know p''よりも強いということは考えられない)。それ故、BIV仮説が何故懐疑論が持ち出されたときだけ排除できなくなるのか、という点が説明されなければ、relevanceの変化に訴えることは、まるで説明になっていない。

この問題を回避する一つの方法は、BIV仮説がrelevantになったときには、'exclude BIV'ができるための条件そのものが変化すると、置くことだ。しかし、これまた先の条件に、この点に関する実質的説明を付け加えない限り、成立しない。

このような意味で、relevant alternatives theoryというのは、何ら説明的、あるいは実質的「理論」ではない。
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2010年04月02日

Joshua Knobeの読み方

Joshua Knobeの名前を、僕の周りではジョシュア・クノービと発音する人が多くて、日本語のスライドでもこの発音を使っていたのだが、学会中にStich氏から、ノーブと発音すると言われた。

なので、Knobe Effectも「ノーブ効果」と訳すのが正しい。今後彼への言及は日本でも増えるでしょうが、この読み方を使って、僕のスライドの読みは使わないでください。
posted by hakutaku at 09:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 実験哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

学会報告(2)

3月27日、学会2日目。

この日も全然寝られず、4時過ぎからスライドの見直しをしていた。Stich氏と朝飯を一緒に食べようという話になっていたので、7時半に隣の彼の部屋に行くと、早く起きたから先に行くよとメモが貼ってあったので、レストランに移動。

ここでもう1人の招待講演者Beebe氏と初顔合わせ。あなたが論文を書いたGenerality Problemについて博論を書いているので、この学会中に是非時間があれば、それを議論したいですと言うと、二つ返事で引き受けてくれた。この人もすごくいい人だった。

大学までの行き方がよく分からないというので、経済学の招待講演者や海外からの他の発表者皆を案内してホテルから移動。特にYaleのM君とは、うちの大学からYaleの博士に行った共通の友人がいるので、結構盛り上がった。

んで、まず僕の英語の入門講義。これはけっこううまくいって、他の招待講演者、とくに経済系の人にすごく褒められた。よかったよかった。

経済学の入門講義、そしてEdo氏の招待講演は、すごく面白かったし、勉強になった。やはり、実験経済学と哲学には、いろいろ共通点がある。Shu-Heng氏の講演は、歴史的な入門だったが、一部専門用語が理解できず、完全にフォローできなかった。

Stich氏の発表は、実に熱意のあるもので、従来の哲学と実験哲学の相違や、その革新性を説明するのに、彼ほど適任はいないと思った。僕の入門講義にも、いろいろ言及してくれて、ありがたかった。

ポスター発表もいろいろ見て回る。日本からもいくつかの実験結果の報告があって、おーと思ったのだが、ちょっと実験設計に問題があるものが多かったように思う。

その後の懇親会は、台湾の経済学者と、信念、知識という概念を巡って、いろいろ議論した。この人は頭の回転が速くて、話していて楽しかった。

帰り道はBeebe氏と、僕の博論についていろいろ議論。僕のアイデアと彼の論文の批判について、賛成してくれたので、かなり励みになった。博論のドラフトも読んでみたいので送ってくれと言われた。この学会の裏の目的一つを達成。

3月28日、学会3日目。

またまたあまり寝られず。朝からまず一般発表。同時に4つの発表があって、絞るのが大変で、結局ほとんど海外からの哲学系の発表しか聞けなかった。質問もしまくったし、発表者とは議論もいろいろした。特にM君とは、彼の実験に対する僕の仮説も話して、いろいろ有意義な議論ができた。彼とはほんと仲良くなって、夏に遊びに来いと言われたで、嬉しかったな。

んで、僕の招待講演。まあ、それなりにそつなくこなせたかな。質問もいろいろ出たし、その後結構皆から褒めて貰った。Beebe氏には、どっかに投稿すべきだと言われたし。

ここで仕事が全て終わった安心感から一気に気が抜けて、次のFischbacher氏の講演は、前半全然話を聞いてなかった。申し訳ない。次のBeebe氏の講演は、実に見事。一つ質問したけど、あまり明晰でなく、またテクニカルな質問過ぎて、迷惑をかけてしまった。

んで、また皆を引き連れて祇園まで移動。日本の友人達にいろいろ迷惑をかけた。僕はその後、この友人達に合流して、飲み会。いつものように盛り上がる。彼らと飲めるというのが、まあ日本に来たときの最大の楽しみの一つだ。

3月29日

んで次の日、朝飯を食いにいくと、Stich氏がいた。この学会中、彼とちょいちょい例の日本語の知識概念を研究するための方法について話し合っていたのだが、ここでいろいろと話を詰めることができた。この計画をこれから動かしていって、将来的には日本で実験できたらいいな。途中でBeebe氏も合流したので、3人でしばらくまったりする。

Stichに哲学の小道への道順を教えた後、僕は別れて実家に。久々に姪の顔を見る。でかくなったなー。この日は疲れがどっとでて、買い物に行った後爆睡。

3月30日

空港で、他の家族と待ち合わせて、いっしょに昼飯を食べ。それからまず成田へ。やはり成田で、おおいに迷う。ほんとなんでこんなに分かりにくいんだろう。んで、バンクーバー、カルガリーまで帰ってきました。

しかし、意義深い学会だった。いろいろ疲れたけど、なんだかんだいって一番得したのは、僕かもしれないな。Beebe氏やStich氏とは、これからも連絡を取り合って行くことになったし、Stich氏とはうまくいけば、共同研究することになるかも。

日本の哲学関係は出席者が少なくて、あまり顔を覚えて貰うという目的が果たせなかったけど、まあ、それ以上にいろいろ収穫があった学会でした。僕の講義、講演ばかり聴かされる方もしんどかったと思うけど、ほんと出席してくださった皆さんありがとうございました。
posted by hakutaku at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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