2007年10月29日

不一致の認識論2

学会二日目。まずはRichard Feldmanの発表を聞く。彼はこの外在主義全盛の時代に、孤高に内在主義を貫いていて名高い。この人の論文は論旨も明快で、また内容も非常に面白くて、僕は大好きなのだ。講演の内容は、合理的な不一致というものがあるとして、その際に二人がすべての証拠を共有しているということはできないのではないかというもの。これを示すために、証拠の証拠は証拠であるという原理を置き、対立する二人が一群の前提を共有していても、その証拠というところで異なっていると言えるはずだと議論を進めていた。なかなか明快でわかりやすかったなー。

昼からは、Jeniffer Lackeyの講演。彼女はPhilosophy and Phenomenological Researchのyoung epistemologist prizeを最近受賞していて、若手の認識論者の中では相当有名。主な業績として、 backet brigade principle of testimonial knowledgeやknowledge-assertion principleに反例を示したことがある。この辺もいつか書きたいなー。

発表はあいかわらず緻密な議論の分析を通して、様々な立場の成果があらゆる不一致に対して適用できるわけではないということを示していた。しかし相変わらず、次々といろんな例を出してくる。こういう例を考えさせたらほんとにうまいなこの人は。認識論ってのはこういう直感的事例から議論を始めるってことがゲティア問題以来常になってるようなところがある。ゲティア反例なんて、いったい今までに何種類考え出されたんだろうなー。思えばゲティア問題も、日本では完全に紹介されてない。反例にも様々なパターンがあるし、ゲティア問題は解決不可能という論考もあるし、この辺もいつか書かなくちゃな。ゲティア問題に対する最も最近のアプローチはsafety conditionというのを使うやつで、Sosa, Williamson, Pritchardなんかが支持している。Prichardの本の書評をLackeyが書いているのだが、そこでまた複雑な例を考えて、少なくともPritchardのsafety conditionには反例があるということを示していた。

僕もいま自分の立場を直観的に説明するのにうまい例がないかと思案しているのだが、なかなかいいものを思いつかない。Lackeyみたいな才能がどこかに落ちてないかな。

書きたいことはいろいろあるのだが、あれだなー、何から始めるべきか。分析系認識論に興味のある人がこれって何ですかと聞いてくれたら、できるだけ答えるようにしたいと思います。いちおうこのブログの目的は分析系認識論を紹介することなので。

posted by hakutaku at 19:36| Comment(3) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> これを示すために、証拠の証拠は証拠である
> という原理を置き、対立する二人が一群の
> 前提を共有していても、その証拠という
> ところで異なっていると言えるはずだと
> 議論を進めていた。

証拠Eの証拠は証拠E自体である、ということですか? でもそれだと何ともトンチンカンなことになるだろうから……証拠E1の証拠は、証拠E1とは異なる別の証拠E2やE3やE4、ということでしょうか。二人が同じ証拠E1を持っていたとしても、その出どこが異なると、互いの見解に食い違いが出てくるのかな。あれ、でもこれもトンチンカンな状況に陥ってしまいそうな気がする。実際はどういうことなんですか?
Posted by M4 at 2007年10月29日 20:36
二人が同じ証拠E1を持っていたとしても、その出どこが異なると、互いの見解に食い違いが出てくるのかな。あれ、でもこれもトンチンカンな状況に陥ってしまいそうな気がする。実際はどういうことなんですか?

まさにその通りです。ただ彼の言う「証拠」とは言語化できないものも含むかなり広い概念のようです。トンチンカンな状況に陥るとのことですが、どのような状況を想定されているのかが分からないので、何を書いて良いか分かりません。もし具体的なアイデアがあるのでしたら、聞かせてください。
Posted by hakutaku at 2007年11月01日 12:09
てっきり”合理的な不一致というのはない”という結論を目指しているのかと思ってました。その割にはそういう話題が出てこないのは不思議だな、と勘違いしてました。つまり、トンチンカンなのは僕ですね。

”その際に二人がすべての証拠を共有しているということはできないのではないか”というところには”証拠の証拠は証拠”の原則でたどり着けそうに見えます。

ところで、認識論のなかでも”証拠”という概念には特に興味があります。他の分野にも大きく関係していますよね。
Posted by M4 at 2007年11月01日 21:54
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