2005年05月16日

き、記憶がー

キャンセル待ちの結果、無事に航空券をゲット。ほっと胸をなでおろす。実家に近い、名古屋国際空港から飛ぼうと思っていたのだが、 カナダ行きがなかった、格安チケットだからかな。名古屋から成田まで飛んで、そこからデトロイト経由でトロントというルート。 まあ標準的だし、待ち時間も少ない。良かった良かった。

某大学の先輩とセラーズについて話す。最近全然セラーズを読んでなかったので、いろいろなことを忘れている。たった2, 3年前のことなのに、あれだけ読んでも忘れてしまうんだな、と悲しくなる。

セラーズは古典的経験主義のドグマとして、知識の究極的基盤は感覚与件であるという認識論的基礎付け主義と、 概念の内容が感覚与件に由来するという考えの二つを挙げる。言うなればセラーズ版、経験主義の二つのドグマだ。「経験主義と心の哲学」では、 この両者が明示的に区別されることなく批判されている観が強い。しかし、最近のマイケル・ウィリアムズの解釈などを見ると、 セラーズの焦点はあくまで後者にあり、後者の問題が解決されれば、基礎付け主義の誤りも同時に明らかになるとされている。セラーズの関心は、 認識論にはなく、タイトルが示すように、あくまで心の哲学にあるというのが、彼の解釈である。この解釈をとると、 かなりすっきりする部分も多いのだが、そこまで断定できるのかどうか?セラーズはこのドグマ二つは絡み合っているといっているので、 両者を明確に分離しようと意図していなかったようにも思える。

posted by hakutaku at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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