2012年12月26日

2012年の認識論を振り返る

さて、またもや全然更新しないうちに年末になってしまった。というわけで、今年も唐突にこの1年の認識論を振り返ってみる。今年は認識論関係の新刊、アンソロジーが数多く公刊されて、認識論にとっては豊穣な一年だった。

1、認識論的選言主義が台頭する。知覚の哲学における選言主義とは、知覚や見えがどのような心的態度なのかという点に関わる立場だが、認識論的選言主義とは、認識主体がどのような理由、ないし証拠を持っているのかという点に関する立場である。選言主義の始祖の一人マクダウェルの立場には両者が混在している(彼の立場を純粋に認識論的選言主義と見なす人もいるが、明確に知覚の哲学における選言主義を支持している論文もある)が、そこからインスパイアを得た立場を論じる人が現れてきた。Duncan PritchardとRam Netaで、共著論文もある。Netaは、積極的に認識論敵選言主義に対するアーギュメントを提示していて、Pritchardは主に予想される反論を論駁しようとしているというスタイルの違いがある。Pritchardが今年出した本がこれ。

Duncan Pritchard (2012). Epistemological Disjunctivism. Oxford University Press.

2、メタ倫理では最近、行為の理由を巡る議論が活発に行われていて、Buck-Passing ViewやWrong Kind of Reason Problemなど面白い立場や問題がいろいろ現れてきている。それらを信念の理由に応用しようとする試みも同時に起こっているのだが、そうした議論を踏まえ、より具体的な認識論を展開する本が出た。著者のLittlejohnは、認識論の俊英の一人で、ごりごりのアーギュメント重視の論文を書く人。好きなのだが、読むのはかなり難しい。この本も一度読んだが、再読中。

Clayton Littlejohn (2012). Justification and the Truth-Connection. Cambridge University Press.

3、知覚の認識論は、選言主義以外にもいろいろあるのだが、この辺りの議論も最近はおおいに盛り上がっている。特に、James PryorのDogmatismとそのライバルであるCrispin Wrightの立場は、いろいろと議論が続いている。本当に出版が延びに延びたけど、その両者の議論が読めるWrightについての論文集がついに刊行された。Pryorの論文は、5年以上前からネットにあったと思う…

Annalisa Coliva (ed.) (2012) Mind, Meaning, and Knowledge: Themes from the Philosophy of Crispin Wright. Oxford University Press.

Pryorと類似の立場にPhenomenal Conservatismというのがあるのだが、それについての論文集も近刊予定。これに収録予定の論文も、知覚の認識論に興味があるなら是非。

4、アプリオリな知識(正当化)とアポステリオリな知識(正当化)に関する伝統的な区別についての反省が進む。Hawthorneは数年前に、この区別に認識論的な意味は無いという主張をしていたが、同様の主張をする論文をWilliamsonが書いた。この区別の見直しに関しては、アプリオリといえばこの人という哲学者の一人であるCasulloの新刊に入っている論文も、読むに値する(上で触れたWrightの立場に触れつつ、伝統的な区別では捉えられない知識があるかもと示唆する)。

Albert Casullo (2012) Essays on A Priori Knowledge and Justification. Oxford University Press.

5、徳認識論のブームはまだまだ続く。徳認識論関係の議論はまだまだ活発。入門的なアンソロジーも編まれた。

John Greco & John Turri (eds.) (2012) Virtue Epistemology: Contemporary Readings. MIT Press.

PritchardらがExtended Cognitionを認めると、徳認識論の核となるテーゼが維持できないという主張を前からしていたのだが、今年はそれ関連の論文も特集が組まれたりして、数多く出版された(Pritchardのいるエディンバラ大学は今Extended Cognitionについての大規模プロジェクトを動かしている)。来年は、John Turriの編む、徳認識論の立役者Sosaについての論文集も出る予定。

6、哲学は直観を証拠として用いているという多くの哲学者が持っている哲学観は誤りである、実際には全然そんなことはしていない、という立場は、最近支持者がぽつぽつ出てきているのだが、それを展開する本が出た。この本は、哲学者の「直観」という用語の使用に関する社会言語学的な研究とい言っても良い(僕も最近はこの立場に傾いているが、この本には同意できない点も多い)。

Herman Cappelen (2012). Philosophy without Intuitions. Oxford University Press.

7、以前からこのブログでCraigの「知識概念の社会的機能」を探るという、通常とは異なる意味での概念分析のアプローチを紹介しているのだが、このアプローチが最近注目を集めている。この論文集に収録の論文はどれも一読の価値があるが、Craig流のアプローチについての論文は、実験哲学の成果を取り入れていて面白い。

Jessica Brown & Mikkel Gerken (eds.) (2012) Knowledge Ascriptions. Oxford University Press.

8、大御所の新刊が次々に刊行される。

Richard Foley (2012) When Is True Belief Knowledge? Princeton University Press.

Hilary Kornblith (2012) On Reflection. Oxford University Press.

Linda Zagzebski (2012). Epistemic Authority: A Theory of Trust, Authority, and Autonomy in Belief. Oxford University Press.

Adam Morton (2012). Bounded Thinking: Intellectual Virtues for Limited Agents. Oxford University Press.

この辺は全然読めてないので、残念ながらコメントできませぬ。

9、他にも重要な論文集いろいろ。

Declan Smithies & Daniel Stoljar (eds.) (2012) Introspection and Consciousness. Oxford University Press.

内観って昔からなんのこっちゃさっぱり理解できないので、これを読んで勉強したい。

Kelly Becker & Tim Black (2012) The Sensitivity Principle in Epistemology. Cambridge University Press.

NozickのSensitivity Accountについてはこのブログでも書いたことがある。哲学の他の立場と同じように、いろいろ難点が指摘されているが、乗り越えようと頑張っている人も多い。

Martijn Blaauw (ed.) (2012) Contrastivism in Philosophy. Routledge.

Contrastivismというのは、非常に独特な文脈主義の1ヴァージョンで、「知っている」が表すのが、主体と命題の2項関係ではなく、alternativeを加えた3項関係だとする立場。Relevant Alternatives Theoryの文脈主義的な展開と見なすこともできる。Jonathan Schafferが最近の支持者として著名だけど、認識論で最初に主張したのは、上で近著を挙げたAdam Mortonと共著者。

とりあえず、今年目についたのはこんなところ。DisagreementやSelf-Knowledgeについての論文集も出ているが、目を通していない。この辺は、全然勉強できていないので、何とかしたい。

今年は、結構ばたばたした年で、あまり本、論文を読めなかった。来年は、おそらく人生で最大級につらい年になると思うので、ますます読めなくなると思う。なんとか頑張りたいものである。

では皆さん、良いお年を。
posted by hakutaku at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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