2011年08月17日

34th International Wittgenstein Symposium

8/7 ~ 8/13
34th International Wittgenstein Symposium, Kirchberg am Wechsel, Austria

8/7
明日からの学会を前に中休み。日曜なので、飲食店除いて店が全て休みだった。朝に2時間くらい一人で散歩。ちょうど行くときに、またGoldmanと会ったので、あいさつ。

帰ってきて、友人たちと一緒にランチをつくって食べ、さらに散歩に出発。Kirchebergという名前から分かるように、教会が多い村で、それらを回ったりする。それから皆で、アイスクリーム屋によると、またGoldmanに会った。それから一休みして、また僕のホテルであったレセプションに参加。その途中またGoldmanに遭遇し、「君はなぜか私の行くところにばかりいるなあ」、「これは偶然ですかね、それとも僕があなたのストーカーなのかもしれません」、「しかし、君のストーキングは実に不思議だ。私より先にそこにいるんだから」、「実は予知能力があるんです。今のところ、信頼可能だと言えますかね」、「わはは」、というようなやり取りをした。レセプションは、サマースクールのときと、まったく同じ感じだった。このとき、日本から来たSさんと知り合う。


ウィトゲンシュタイン・シンポジウム 8/8 ~ 8/13

8/8
いよいよ。ウィトゲンシュタイン・シンポジウム。今年のテーマは、認識論で最もホットな、「contextualism/invariantism」、「Value of Knowledge」、「Peer Disagreement」で、著名な認識論者を一杯招待している。まあ、この学会も査読が名目だけで、ないに等しく、なんでも通しているので、かなり論文の質ににばらつきがある。なのでかなり綿密にすでに発行されているProceedingsをチェックして、どの発表に参加するかを決めようと思ったのだが、なぜかProceedingsに載ってない論文がいっぱいある。これはほんとになぜか分からない。

後に、招待講演者の扱いに差があり、一部は飛行機代、宿泊代、一部は宿泊代のみと差別があると聞いた。一部は1時間半の講演で、一部は一般発表と同じ40分の発表だったのも、そのせいかもしれない。英語圏とドイツ圏からの招待講演者を同じ数にしているようだった。

この日は、後で仲良くなるドイツ人院生Kさんの発表を聞いて、質問したりした。

この日のJohn Grecoの講演は、知らない話はあまりなかったが、非常に明快で、とても良かった。講演後に、ひとつ質問しに行ったら、「その通りだ、ちょっと考えてみる」と、とても誠実な人だった。彼が他の発表で質問するのを何回か聞いたが、どれも的確で感心した。一度きちんと話したかったが、学会途中で帰ってしまったようで、実現できず。とても残念。

その後近くのワインセラーの提供で、ワインの試飲会。この学会は、コーヒーや昼食などのサービスが有料だったけど、いろいろイベントがあるので、高い学会費も分からないでもない(飲み物用のクーポンは何枚かもらえるけど、それを超えると有料)。まあ、僕は頼み込んで学生用の格安の学会費しか払ってないので、不満はまるでない。

8/9
朝一のWayne Davisの講演が、極めてクリアーで、分析系のお手本のような発表だった。しかし、次のドイツ人の講演は、まあ最悪だった。なぜか延々と、contextualismとrelativismのまとめをやっていて、40分経過しても、まだ自分の主張とやらに至ってない。このまとめが、かなり内容を詰め込んでテクニカルなところまで踏み込んでいるのだが、僕らこれを専門にしているものにはすでに自明なことだし、非専門家には、テクニカルすぎて分からないだろうというもので、ホント何のためにあれをやっているか疑問だった。しかも、その次に彼女が、自分が発見した文脈主義の問題と主張する問題も、すでに他所で言われているばかりか、解決まで提示されているもので、なんだこりゃという代物だった。彼女が挙げていた文献にも、それを扱っているものがあるので、なんでそれを見逃しているのか、訳がわからない。しかも、その解決の一つは、この講演の司会をやっていたCohenのアイデアか、それに基づくもので、よくこれCohenの前で言うなあ、とはらはらしてしまった。

その解決を指摘しようと思って手をあげたのだが、最初のKornblithがした質問が、まさにその解決そのものだった(彼が知っていたかどうか知らないが、普通に考えつくのもそう難しくないものだ)。その後、マイクが僕のところに来たが、彼が言っちゃいましたと言ったら、Kornblithが笑いかけてくれた。彼の質問に対する回答は、「ある可能性を思い浮かべることが、必然的に文脈を変化させる」という、どの文脈主義者もとってない想定を自明視したもので、まあ当然回答になっていない。

この後、前からメールでコンタクトをとっていた、Jessica Brownが来て、あいさつを交わした。とても気さくで良い人で、学会の間幾度も話すことができた。彼女ほどの人が一般発表で来てるってのが、信じられないな、しかし。

午後はまず、Sven Berneckerの発表に参加。言ってることは正しいけど、あまりにもトリビアルな内容で、あんなことを発表する意味が分からなかった。予想通り、質問では、猛攻撃に合っていた。正しいこと言えばいいってもんじゃなくて、やっぱりどの程度面白いか、意義があるかが重要だ。その次の発表も、あの悪名高いGypsy Lawyerケースを使ったもので、あれだけ批判されたケースを、何の説明もなく、自分の直観に合っているからというだけで使うのは、論点先取でしかない。なぜあのケースが悪名高いのかを説明して、同様に彼のケースも問題だと指摘したら、、KornblithとBrownから、後で褒められた。しかし、発表者と次の日に話したのだが、直観の使用に関する考察が極めて甘く、彼によれば、僕のような立場が、彼に対する論点先取だと言って譲らなかった。何度説明してもわかってもらえなかったので、やや疲れた。

あとIgal Kvartの発表も聞いたが、論文から受ける印象以上に混沌としていて、自分独自の観点からいろいろとアイデアを展開してるのだが、内容の複雑さ、新奇さに加え、英語の滑舌が悪くて、あまり理解できなかった。

この日は、また僕のホテルで、発表者用の会食会というのがあった。でも行ったら、発表しない人もいっぱい来ていて、遠慮した人にアンフェアだなあと思ってしまった。この会食に行く最中に、KornblithとAdam Leiteを間違えて、かなり失礼なことを言ってしまうが、それを機に、Leiteの立場についての質問がいくつかできた。

会食では、Brownとちょっ認識論のと話をして、Kornblithに、「日本であなたの見解はとても人気があります」と言って、いろいろ話をした。彼が自然主義者になった経緯なども聞いて、面白かった。

その後、ホテルで同室のJ君と、昨日発表を聞いたKさんと話す。このKさんが面白くて、僕の言うことにいちいち反論するのだけど、まずそれは違うと言って、それから理由を考えるという感じで、とても負けず嫌いな感じ。自分でも負けたくない、とか途中で言っていた。僕はサマースクールのときから、こういう若い人達に対する教育的配慮が少し生まれてきて、いろいろと彼らが見過ごしていそうな点に言及しては、質問して、その反応を楽しんでいたのだが、このときの反応が一番面白かった。

8/10
最初の講演は、Meredith Williams。『探求』の最初のあたりの詳細な解説で、話はうまかったが、内容的にはさほど新しいものはなかった。次のドイツ人の講演は、学会のテーマと何の関係もない、自己知に関するものだった上に、ある概念を定義して、それが言えれば、一人称特権を特殊な能力やマジックに頼らず説明できるというもので、そりゃ自分で最初の概念定義してるんだから、何でも言えるわ、というもので、まあ最悪の発表だった。あと、質疑応答もひどくて、重要な質問に一つもまともに答えていなかった。

昼からまず、Peter Baumanの発表。すでに出版されて、批判されている論文の短縮版。この論文の内容を覚えていなかったが、話を聞いた瞬間に、一つの前提が、明らかに偽なので、なんじゃこれはと思った。Wayne Davisが一発目にそれを指摘したのだが、その回答が、必要以上に強いテーゼを批判者側に読み込んでいたので、その点を指摘したけど、回答はどう考えても、一階と二階の知識を混同しているとしか思えなかった(この点もすでに、CohenとDavisが指摘していた)。この次のChristoph Jagerというドイツ人の研究者の発表も、聞いた瞬間に一つの前提が明らかに偽としか思えなかったのだが、やはり一発目にJohn Grecoがそれを指摘した。そしたら、他の前提については考えていたけど、この前提だけはだれも疑わないだろうと考えていた、とか言って、かなりぐだぐだになってしまった。この前提は、すべての哲学的文脈が懐疑論的文脈だというもので、当たり前だが文脈主義者は、それを受け入れる必要はない(Lewisはこれに近いことを言ってるけど、彼にしても別にそれを積極的に受け入れる必要はない)、それにDeRoseが、この点についてはすでにいろいろ言っていたはずで、まあなんとも考えなしの論文だった。こんなことなら、同じ時間のMartin Kuschの発表に行けばよかった。

この後の発表が、この学会の優秀論文の2つのうちの1つで、是非聞きたかったのだが、上で書いたように、昨日の発表者の一人と話していたら時間が過ぎてしまった。ものすごく後悔。

その後、Marian Davisの発表。まとまっていて良い発表だったが、内容にあまり共感を覚えず。

次のコマで、Sanford GoldbergとAnnalisa Colivaの発表とかぶっていて、ひどいと思った。Goldbergはとても人の良さそうな人で話も面白くて、発表に行こうと思っていたのだが、Colivaも優れた研究者で、彼女の論文、本を僕は全て読んでいる。彼女とはちょっとだけ話して、あなたの本が『確実性について』の本の中では、ベストだと思う」と伝えておいた。

この次のコマには、Erik J. Olssonの発表があったのだが、ウィトゲンシュタイン型文脈主義の発表があったので、断腸の思いでそちらへ。ところがこれがひどくて、文脈主義を解説して、それには批判があるし、ウィトゲンシュタインの解釈としても合っていないないので、自分は他の解釈をとると言って、それを解説して終わり。その解釈も、極めてオーソドックスなもので、それ言いたいなら、べつに文脈主義ださなくてもいいじゃん、というひどい内容。質問で、「2つ質問がある、まず、あなたの解釈に基づく反懐疑論戦略には問題がある、それがMichael Williamsが、その方向に行かない理由だ」、と言って、その理由を解説した。予想通りこの辺をまともに考えてなくて、すでに彼が言ったことの繰り返しだったので、「あなたはまたそれを言うと思っていた。、そこで、二つめの質問がある」といって、そのポイントがなぜ、懐疑論に対して有効でないのかを述べた。回答がやはり明確でなかったので、さらに言おうと思ったが、時間を取り過ぎているので、「まあここで終わります」と言ったら、後ろからDaniele Moyal-Sharrockが「面白いから、もっとやりなさいよ」と声をかけてくれた。もっともやってもよかったが、自粛。

しかし、この直後、発表者が乗らなければならない列車の時間が迫っていて、タクシーが今到着したという連絡が。ここで司会が、あと一つくらい質問受けてからと言ったのだが、僕とMoyal-Sharrockが列車の方が重要に決まっている、今すぐ行け、と言って、時間を余してお開き。彼女は、この後、自分の観点から僕の質問に答えてくれたけど、やっぱりウイトゲンシュタインの話をすでに受け入れてないと、肯定できないなあというものだった。でも、認識論者として、そこまで極端なことは言いたくないので、まだ彼が正しいか考えています、と言ったら、ニヤリと笑って「まあ頑張ってみなさい」だって。

夜はSさんと、初日に発表したNさんという日本人のみで食事。明日発表だというのに結構遅くまで飲んだので、ホテルに帰ってあわてて、もう一度重要な文献をさっと読み直し、自分のスライドのチェック。


8/11
朝一のドイツ人の講演がまたもや意味不明。前半はSartwellの話のまとめで、後半はそれをもとに、知識概念なしで認識論をやるべきだ、という話。どう考えても、前半と後半がつながっていないし、前半の話にもすでにめちゃくちゃ批判があるのに、あまり触れていないので、かなり不満だった。休憩のときに、Kornblithと話したけど、彼もよくわからんな、という感じだった。その後、Goldmanの講演。社会認識論と民主主義という内容で、言ってることは全て正しいだろうと思ったけど、あまり内容が無いように思えた。

午後は最初の発表をさぼり、もう一回スライドのチェック。2個目の友人の発表にはなんとか間に合った。

その次は、いよいよ僕の発表。自分ではいつも通り、あまり緊張していないと思っていたけど、思った以上に緊張していたらしく、あまり英語がスムーズに出てこなくて、まだまだだなという感じ。Jeniffer Lackeyの見解を批判するというものだったので、当然一つ目の質問は、Lackeyから。これは予想済みの質問だったので、うまく答えられた。次にKornblithが、完全に同意するが、他にもこの直感を説明するやり方があるのでは、といってある例を挙げた。これは、僕を助けるための例なので、ありがとうございますと言ったのだが、後からLackeyから、あのタイプの例に関しては論文中で拒否するための議論をしている、と指摘された。次に、Igal Kvartから、確率論的見地からの質問がきた。彼はやはりかなり独自の見解だったけど、似たようなことは僕も考えていて、今回の発表で時間がなくてスキップしたことだった。ちょうどいいと思って、そこのスライドを見せて、自分の考えを説明。最後に、Brownが時間がないから、簡単にと言って、自分やBaron Reedの反例について、どう思うかと質問。僕も、時間がないから、簡単に答えます、と言って、「僕の直観とあなたの直観が違うと思う」といって、ほんとはもっと言わないといけないけど、時間がないからあとで、と言った。そのReedも手を挙げていたけど、時間がなくて、回らず。彼とLackeyは夫婦で、一家総出で来ていて、かなり忙しそうにしていたので、最後まであまり話す時間が取れず。

この後、Lackeyと話して、「何か自分に質問ある」と言われたのだけど、発表が終わったあとの反動か、なにも思い浮かばず、特にはないです、と言ってします。なので、彼女から、いろいろ僕の論文についての意見を言ってもらって、さらに読むべき文献なども教えてもらう。KornblithとBrownから、それなりに褒めてもらったので、まあ満足できる出来だったと思う。この後Lackeyへの質問を思い出して、もう一度話そうとしたのだが、彼女が忙しすぎて、メールでということになった。

Brownの発表を次に聞いたが、どうも納得できない点が残った。どうも何かを僕が見逃している気がして、次の日にも彼女と話したのだが、ちょっと話が食い違っている感じだった。

この後のBaron Reedの発表が、一部おかしいと思った所があったが、内容の豊富さ、新しさ、アーギュメントの緻密さ、などで、この学会でベストと思えるものだった。ほんとよくあれだけの内容を、あんなに簡潔かつ要領よく、クリアーに話せるものだと感心した。あんな発表したいものだ。

このReedの発表もDaniele Moyal-Sharrockのと同じ時間帯で、なぜ有名人2人を同じ時間に入れるのか不思議だ。僕は彼女の本も読んでいて、是非発表も聞きたかったのだが、専門からするとReedの方に行くしかない。5,6日目はほとんど学生の発表だったのだから、もう少しスケジュールを考えてほしかった。

この後ウィトゲンシュタイン・ツアーに参加。彼が教えたという小学校を見て、ワイン、ビール、食事を振舞ってもらう。この村の村長の挨拶や、ウィトゲンシュタインの小話も聞いた。横に小さな博物館があり、ウィトゲンシュタインが使ったベッドなどが展示してあった。

8/12
オーストリアの朝食は、ハムとチーズとパンで、毎日同じ。かなり飽きていたので、朝飯を買いにスーパーへ行くと、Brownも来ていて、これから帰るという。最後なので、また少し話をして、激励の言葉をもらう。いい人なので、いろいろ褒めてもらって嬉しかった。

朝のStwart Cohenの発表も、クリアでとても良い発表だった。この日は、ドイツ語の発表ばかりで、しかたなくウィトゲンシュタイン関係を聞きに行ったのだが、これもなぜかサマースクールの生徒のものばかりで、かなりクオリティが低かった。あと英語が不安だと前から言っている人が、ハンドアウトもパワポもなして、読み上げで発表しているのを見て、やる気あるのかと思った。やはり、理解してもらう努力は必要だろう。

それなりに良かった発表が一つあったが、その立場の整合性に疑問があったので、質問した。すると後から、Kornblithが自分も同じ疑問を持ったというので、我々と質問がかぶることが多いですね、と笑いあった。

夜のLackeyの講演は、クリアでまとまっていたけど、今までの彼女の理論を踏まえてのものだったので、その辺に知識がない人には、わかりにくい内容だっただろうと思う。

8/13

最終日。学会の最中は、基本的に同じホテルのKさんとS君の朝食を一緒にとっていた。なのでKさんと毎日話していたのだが、彼女の僕への態度が、初日の結構強烈なものから、徐々にリスペクトあるものに変わってきた。これはサマースクールのときにも少し感じたことで、僕はアジア人で、かなり若くみられるのだけど、僕が質問したり、解説したりするのを聞くうちに、それなりの哲学知識を持っているのが分かるので、態度が変わるのだろうと思う。この日のKさんは、自分の発表でのあなたの質問を考えてきたけど、あなたに賛成して立場を変えることにした。やはり、自分の発表した立場は、おかしいと思う、などと言い出した。ちょっと行き過ぎだと思ったが、こういうふうに率直に立場を変えられるというのも、すごいことである。

その後まず、ドイツ人の文脈主義についての発表を聞いたけど、彼が新しい文脈主義と言っているものは、単に昔からある不変主義で、しかもそのどちらが優位かで議論があるのに、彼は、これこれのケースに自分の文脈主義は、通常の文脈主義と違う診断を与えますというだけで、そんなもん、その定義聞いた瞬間分かるわ、というものだった。彼の文脈主義の内実も、いろいろな知識の理論をまとめただけで、整合性にも問題があるしろもので、まあひどかった。この学会を通じて、ドイツ人の認識論の発表、講演に一つも感心しなかった。やはりドイツで分析系の認識論は、まだまだ黎明期で、そこのトップでも、英語圏の上位スクールの博士の生徒にも負けるくらいのレベルだという感想である。

この後、Hintikkaの発表を聞いたが、もごもご話していて、誰も理解できず。ただ、CarnapとHeideggerについての発表で、彼が"I know Carnap. He is a very nice man, very serious, but very pedantic."と言ったらしくて、生ける歴史の証言だと、みんなで受けた。

最後のKornblithの講演は、非常にシンプルなポイントを、いろいろ形を変えて語っていて、一般聴衆向きの発表としては、非常に良く、認識論の専門家以外には、すごく受けが良かった。僕にはやや簡単すぎて、もう少し深く突っ込んで欲しかったけど。

この後、ウィーン行きのバスに乗るために歩いていると、何度も顔を合わせたけど名前を知らない年配の人から声をかけられて、「君の質問をいくつか聞いたが、どの質問も非常に鋭くて、君は優れた知性の持ち主だ」と言われる。ほんとかどうか分からないが、まあ学会を締めくくるにこれ以上の言葉はない。ありがとう!

この学会でもいろいろ質問したし、ほんとうに多くの人と知り合いになり、議論もいっぱいした。本当に充実した学会だった。これだけ僕の興味がある分野のトップの人達が一同に介する機会は、もうないかもしれない。ほんと会場にいても、有名人ばかりで、ほとんど夢の世界だった。

この日は、夜行まで時間をつぶす必要のあるサマースクールからの友人たちと、昼飯をたべで街をぶらぶらした。D君とはここでお別れ、かなり長い間一緒にいたので、なかなか分かれ難かった。その後、夜はSさんと台湾人研究者のCさん夕食を食べ、また散歩。最後はアイスクリームで締め。ウィーンのおかしは、カナダのものほど甘くなく、甘いものがあまり好きではない、僕でも普通に食べられた。

posted by hakutaku at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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