2011年08月17日

3rd Ludwig Wittgenstein Summer School

8/3 ~ 8/6
3rd Ludwig Wittgenstein Summer School, Kirchberg am Wechsel, Austria

8/2
サマースクールは8月3日からだが、2日の夜にレセプションがあるということで、夕方にウィーンから移動。最寄り駅まで電車で行き、特別のシャトルバスでそこから会場のKirchbergに移動。7時のシャトルバスには、5人しかいなかったので、バスを待っている間にうちとけて、特にスイスから来た、これから修士に進むというS君、D君と仲良くなった。

会場で登録を済まし、レセプション会場のホテルへ。偶然にも自分の泊まるホテルもそこで、便利だった。ホテルの部屋は二人部屋で、今は僕一人だけど、学会が始まるときにもう一人来るとのこと。僕は学会の規定で、論文投稿時にホテルを申し込んでいたのに、それでも希望通りの一人部屋にならないのかと驚いた。ホテルは、まあちょっと大きな民宿という感じで、立地もよかったが、部屋は一風変わっていた。まず、部屋の隅にシャワーがあるが、敷居がなく、いわゆるバスルームがない。トイレは廊下に共同のものがあるが、手洗いがなく、手を洗うためには一回部屋に戻ってこなければならない。部屋の鍵も一つしかないので、外に出るときに必ず玄関のキーホルダーにかけないと、部屋の掃除ができないので困ると後で言われた。

レセプションは、ホテルのホールが会場だったのだが、なんのアナウンスも、オフィシャルの自己紹介もなく、皆が集まったときにてきとーに食べ始め、飽きた人から帰るという感じで、もう少しなんとかならんのかという感じだった。周りの人と話すと、学部生から、修士、博士と広く集まっていて、ポスドクも僕以外に1人いた。国籍はやはり、ドイツ、オーストリアが多かったが、世界中から集まっていて、インド、中国からの人もいた。サマースクールは今回で3回目だけど、ヨーロッパからの人は、以前も参加したという人も多かった。

そんなに会費も高くなく、3食付きで、宿も会場の小学校の横にあるボーイスカウトハウスなら格安なので、リピーターが多いのも分かる。高原にある、とても綺麗なところで、夏を過ごすには最高の場所だ。

この村は、かなり観光地として有名らしく、もっと僻地を予想していて、食材もいろいろ持ってきたりしていたのだが、レストランやスーパーも充実していて、完璧にリゾート地として整備されていた。物価も安くて、かなり快適だった。今後ウィトゲンシュタイン・サマースクール、シンポジウムに僕が参加するかどうかはテーマ次第だけど、是非とももう一度行きたいくらい。

8/3
一夜明けて、3日の朝からサマースクール開始。教師役は、Peter HackerとJoachim Schulteの二人。開始直後に、Schulteがほとんど準備ができてなくて申し訳ない、といいながら、「確実性について」の執筆背景を説明した。それがほんとにぐだぐだで、かなり拍子抜けした。その後、本格的に講義開始かと思いきや、購読方式で進むということで、数パラグラフを誰かが音読し、それについて生徒が質問かコメントし、教師がリプライするというもので、正直期待はずれだった。僕は最近の『確実性について』ブームはかなりフォローしていて、いろいろ解釈上の争いがあることも知っていたので、サマースクールでは、そういう諸解釈を踏まえて、二人の教師がうまくウィトゲンシュタインの立場を解説するものだと思っていた。それが購読で、ペースもかなり遅く、1コマ1時間半で、1,2ページという進度である。読む箇所も、教師が適当に選んでいて、ここ読む必要あるかというところもあり、正直教師の準備不足が目立った。こういう購読スタイルはヨーロッパでは普通らしいが、北米でやったら、めちゃくちゃ批判されるだろう。

始まってすぐ思ったのだが、まあ生徒が多様なので、質問にも相当質、内容に差がある。僕と学部生以外は皆ウィトゲンシュタインをある程度専門に勉強している院生ばかりなので、皆ウィトゲンシュタインに一家言あるのはわかるが、相当とんでもなのもあり、あれだなあ、という感じだった。あと、こういう自由発言方式だと、どうしても発言が一部の話好きの人に集中してしまう。サマースクールの間に、全く発言しなかった人も多くいて、もう少し進行を考えたほうが良いと思った。あと、教師の司会にもかなり問題があり、ある生徒の発言に何のコメントもないとき、何も言わず次の生徒を指さして、先に進んでしまうことが多々あった。これは生徒がかわいそうだし、発言意欲を削ぐので、絶対にやってはいけないことだろう。まあしかし、Hackerはある程度断定的なことをいうので、まだ理解の助けになるところもあったが、Schulteは全く断言的なところがなく、つねにここはここに書いてある以上のことは分からないだとか、『確実性について』は、不整合な箇所もあり、統一的に読めないから、などと消極的な発言ばかりしていて、全く理解の助けにならないばかりか、やる気あるのかという感じだった。二人共基本的に生徒に話させ、自分たちは黒子のような役割をしたいという感じのスタンスだったが、これだけ背景、知識の違う生徒相手に、それが適切だったとは思えない。

生徒の発言を聞いていて思ったことは、まあ議論のスタイルがまったく分析哲学のクラスと違う。アーギュメントを問題にせず、ウィトゲンシュタインが何を言ったのか、その哲学的意義は何かというあたりが中心トピックだった。皆ウィトゲンシュタインの言葉にすごく感銘を受けていて、それが正しく、かついまだに認識論的に新しく、重要だという考えが、広く共有されていて、僕のようなスタンダードな認識論者からすると、アーギュメントもないのに、なんでそんなにこれが正しいと思えるのだろうか、と異様に感じたほどだった。後にD君がからかい半分で言っていたが、「ウィトゲンシュタインが言ったことが、正しいのは確実だ。残る問題は、彼が何を言ったか、ということだ」、というスタンスの人が多かったと思う。

1日目の午後に、僕がここのウィトゲンシュタインのアーギュメントは、少なくとも彼の狙いが"I know"というフレーズを含む文の分析にあるとしたら、あまりにも一般的すぎて成功していない、という質問をしたのだが、教師二人共まるで理解してくれないのでがっかりした。長いことやりとりして、ある程度は僕のポイントをわかってもらえたと思うが、結局Hackerがなんの根拠もなく僕に対する論点先取の主張を繰り返すばかりで、ほんと実りのない議論だった。

そんな感じで、1日目からかなりヤル気が下がったのだが、授業終わったあとS君が興奮した顔で僕のところに来て、「あなたの質問はエクセレントだった。自分にはあなたが完全に正しく、あそこのウィトゲンシュタインのアーギュメントで、"I know"は何の役割も果たしていないようにしか思えない」、と言ってきた。おー、教師さえも理解してくれなかったのに、理解してくれる人がいたよ、と嬉しくなった。この質問は、後に2人ほどからも、非常に良かったと褒められた。

その後飲み会。いろんな人と話して、全然話が通じかったり、感情的になる人もいて嫌な思いもしたが、D君、S君は、ある程度分析系の背景があり、かなり手が会い、話していて楽しかった。なお、この日からウィトゲンシュタイン・シンポジウムが終わるまで、毎日飲み会に行った。やはりビールがおいしい上に、安いので、飲まない訳にはいかない。


8/4
2日目。基本的に昨日と同じだが、1コマ潰して、Hackerの発表と、質疑応答があった。この論文は、かなり微妙で、まずこのサマースクールを通じて、あんなにサールのウィトゲンシュタイン批判はおかしいと言っていたのに、自分の論文ではサールと同じことを言っていて、なんだそりゃという感じ。それから、Williamsonのknowledgeはmental stateであるという主張を取り上げ、それを否定するというのが、一つのポイントなのだが、Williamsonの論点に関する反論はまるでなく、何のためにWilliamsonを出しているのか理解できなかった。


8/5
3日目。基本的に同じ。Hackerが、世界像命題は経験命題で、文法命題と類似しているが、文法命題そのものではない、というので、その場合の「経験的」の意味は認識論的にしか介せないと思うが、どういう意味だと聞いたが、アプリオリでないというだけで、それ以上全然説明してくれないので、かなり不満だった。経験による正当化を認めないウィトゲンシュタインなので、通常の意味ではないはずで、もっと特定しないと話にならない。

夜の飲み会で、ウィトゲンシュタインが仮定していると思われる、"for all e and p, e is evidence for p only if e is more certain than p"という原理を巡り、S君、D君と議論。Hackerの論文には、これに対する反例を提示する箇所があるのだが、その例が反例になってない、と皆で合意し、僕がpを論理的に弱くすれば反例なんかいくらでもつくれるよ、とこの原理の問題を説明した。このときに改めて思ったが、この二人はかなり頭がよく、僕の話にすぐついてこれるし、そこから自分の意見を展開することもできる。特にS君は、その能力がかなり高く、舌を巻いた。

8/6

4日目。半日授業で、サマースクール終わり。修了証明書と、各大学で使える単位を数コマもらう。3日半やって、結局10ページくらいしか読んでないだろう。正直学んだことはあまりなかったが、全く背景の違う人達といろいろ話すことによって、分析哲学というのは、ほんとに英米圏の一部の現象だったんだなあ、と思い知った。僕にとって他の参加者との話をするのは、かなり異文化コミュニケーションで、いろんな意味で楽しかった。この日S君が、スイスに帰るというので、写真をとったりして、またいろいろ話したのだが、なんと彼はSt Andrewsに1学期留学したことがあり、この9月からOxfordで修士をやるのだという。そりゃできるはずだ。

この日いつものレストランで昼食を食べて、出ようとすると、見覚えのある顔の人が一人で座っている。学会のパンフを持っていたので、「学会の参加者ですか」と聞いて、もう少し丁寧な言い方をすればよかったのだが(後で謝った)、「名前は何です」と不躾に聞いてしまう。答えは「Alvin Goldman」で、そりゃ見覚えあるはずだよ!彼とは昔、うちの大学の院生学会に来てもらって、一緒にハイキングにいったこともあるので、「覚えてますか」と聞くと、やはり覚えていなかった。しかし、ちょうどいい機会なので、彼の最近の直観についての考え、(同僚でもある)Stichと実験哲学についての考えなどを聞く。

夜はみんなでバーベキュー。炭火焼みたいな感じで焼いていて、途中あまりにも勢いが弱いので、D君が巻を足したら火がボーとなって、一部黒焦げになってしまった。そこで彼が僕の名前を呼びながら、"What I did is a terrible mistake!"とか言っていて、かなり笑えた。
posted by hakutaku at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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