2010年07月24日

Relevant Alternatives Theory

博論に忙殺されて、全く更新できませんでした。9月に口頭諮問なので、結構間にあうか心配ですが、とりあえず今日は一段落着いたところなので、久々に更新。

Relevant Alternatives Theoryというのは、頻繁に言及される割に、いまいち誤解が多い立場であるとおもう。まず、この'theory'が言うことは、非常に単純で、以下のようなものである。

Necessarily, if S knows p, then S can exclude every relevant alternative to p

つまり、pを知っているということの必要条件として、Sがpに対する「relevantな選択肢」全てを排除できる、と置く。ここで、選択肢(alternative)と呼ばれるのは、pと論理的に両立不可能な命題のことである。

最大の誤解として、この'theory'は、内在主義や外在主義といった知識、ないし正当化の理論では全くない、ということだ。これらの理論は、知識ないし正当化を、一応非循環的な形で定義することを目的としている。しかし、relevant alternatives theoryは、そもそもそういう目的を持っていない。このことは端的に、'exclude an alternative'ということがどういうことなのかが、まるで定義されてないことに現れている。

単純に考えると、p'という選択肢を排除できる、ということは、「p'が偽だと知っている」ということと同一視できるように思われる。すると、先の条件が言っているのは、

Necessarily, if S knows p, then S knows ~p', where p is logically incompatible with p'

ということになる。これは、実のところ、いわゆる認知的閉包原理(epistemic closure principle)の特殊ケースにすぎない。何故なら、この原理は、

(Closure) Necessarily, if S knows p, and knows that p entails q, then S knows q

というものであり、当たり前だが、pとp'が論理的に両立不可能ということは、pが~p'を含意(entail)する、ということを含意するからである。最初の条件とClosureが異なるのは、'S knows p is logically incompatible with p''が、明示的に書かれていないことで、この点はやややっかいなのだが、ほとんどの論者(特に内在主義者)は、これを付け加える必要があるということを是認するだろう(そして外在主義者は、Closureに現れる'knows that p entails q'を必要としないことが多い)。

relevant alternatives theoryは、結局'know p'や'(can) exclude q'というものを何らかの形で定義しなければ、なにも実質的なことを言っていない。この'theory'から、いきなり興味深い認識論的帰結が出てくるように語る人がいるが、これは誤りであるか、暗黙のうちに、何らかの定義を前提にしているだけである。

典型的には、relevant alternatives theoryは、反懐疑論戦略として持ち出されることが多い。懐疑論的な可能性、例えばBIV仮説、「Sが水槽の中の脳(BIV)である」という選択肢は、普段はrelevantではないが、懐疑論が持ち出されたときにはrelevantになり、それを排除できないが故に、経験的命題pをSが知らないということが導かれる、などと論じられたりする。

このような説明が説明になるのは、何らかの特定の知識の理論(例えば、Nozickのsensitivity theory)を想定したときだけである。例えば、内在主義的な証拠主義に、このような説明は適用できない。

この種の説明は、何故通常はpを知っているのに、懐疑論が提示されるとpを知らないということになるのか、あるいは我々がそう思ってしまうのか、の説明として通常提示される。しかし、そうならば、通常pを知っているのだから、closureから、通常「SはBIV仮説が偽だと知っている」ということが導かれなければおかしい。そしてこれが言えれば、「SはBIV仮説を排除できる」と言えるはずである('exclude p''が'know p''よりも強いということは考えられない)。それ故、BIV仮説が何故懐疑論が持ち出されたときだけ排除できなくなるのか、という点が説明されなければ、relevanceの変化に訴えることは、まるで説明になっていない。

この問題を回避する一つの方法は、BIV仮説がrelevantになったときには、'exclude BIV'ができるための条件そのものが変化すると、置くことだ。しかし、これまた先の条件に、この点に関する実質的説明を付け加えない限り、成立しない。

このような意味で、relevant alternatives theoryというのは、何ら説明的、あるいは実質的「理論」ではない。
posted by hakutaku at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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