2010年02月20日

Stichと実験哲学(1)

実験哲学の方法論というのは、明らかにKahneman & Tverskyらの、Biases & Heuristics Approachをモデルに構築されている。これは、やはり彼らの一連の実験によって引き起こされたThe Rationality Debateの参加者であり、実験哲学の創始者でもあるStichの影響が大きいだろう。実験哲学には幾つか立場があるが、方法論は皆共通している。

The Rationality Debateは今でも継続しているが、まあ初期の頃に問題だった、人間の合理性を、経験的に反証できるのかというCohenによって提唱された問題は、できるということでけりがついている。Cohenは、できないという答えを擁護したわけだが、その際に彼が使ったのが反省的均衡に訴える戦略である。実験哲学者は、哲学の方法論を反省的均衡として定式化することが多いが、これもThe Rationality Debateの影響だろう。この辺りの事情は、今ではもう古典の部類にはいるが、以下の本が詳しい。

Stein, E. (1996). Without Good Reason: The Rationality Debate in Philosophy and. Cognitive Science. Oxford: Clarendon Press.

Cohenは、Stichの1990年の本にも、彼がKahneman & Tverskyに対して行ったのと、(より穏当だが)類似の路線の懸念を表明している。

実験哲学の中でもStichらがとっている、実験的制限主義という立場は、一番ラディカルなので、いろいろと論争を呼んできた。しかし、僕がややつまらないなと思うのは、この立場への反論のほとんどが、The Rationality Debateで既に提示された反論のパターンの範疇を超えていないということだ。例えば、非哲学者の直観よりも、職業的哲学者の直観が重視されるべきだ、とするいわゆるExpertise Defenseというのは、まあThe Rationality Debateでも見られたタイプの反論である。反省的均衡の観点からすると、これは哲学理論を反省的均衡にかける際に、いわゆる一般人の直観と職業的哲学者の直観のどちらの均衡を重視するのかというという問題に、後者だと答えることに等しい。

Alexander, J., & Weinberg, J. M. (2007). Analytic Epistemology and Experimental Philosophy. Philosophy Compass, 2(1), 56-80.

では、この立場をintuition elitismと呼び、前者だと答える立場をintuition populismと呼んでいる。彼らは言及していないが、これらの用語は明らかに、

Thagard, P. (1982) From the Descriptive to the Normative in Philosophy and Logic. Philosophy of Science 49:24-42.

という、the Rationality Debateに関わる論文に由来している。Thagardは、この論争で問題だった合理性関する理論(論理学、確率論)を反省的均衡にかける際に、専門家の直観との均衡を重視する立場を、elitist strategyと呼び、一般人(非専門家)のそれを重視する立場をpopulist strategyと呼んでいる。

Thagardの分類では、Cohenはpopulist strategyの論者であり、事実これこそ、一般人の直観が確率論の規則に合致しないことが、一般人の合理的でないと言う理由にはならない、という彼の論点の基礎である。簡単に言えば、合理性についての理論は、一般人の直観とおおむね合致するべく立てられるべきであり、後者が前者の基準であって、逆ではない。

面白いのは、Thagardがelitist strategyの論者として挙げるのが、

Stich, S. P. & Nisbett, R. E. (1980) Justification and the psychology of human reasoning. Philosophy of Science 47:188-202.

だということだ。この論文の内容は、専門家の直観が論理学においては重視されるという立場である。Stichはthe Rationality Debateにおいて、Expertise Defenseを擁護していたのだ!これは、実験哲学における彼の立場と真逆である。まあ、問われている理論が、論理学と哲学と全く違うし、かなり昔の論文なので、立場も変わっているだろう。しかし、これはなかなか面白い話である。今度の学会で彼と話すだろうから、是非この辺を聞いてみたいと思っている。


posted by hakutaku at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 実験哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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